枢機卿ベッラルミーノの手紙　　　　西藤洋　　　　　未来社　

コペルニクスが「天球の回転について」を著し、そしてガリレオが望遠鏡を使って従来円盤だと思われていた月が球体であり、地球と同じ山や谷があることを明らかにした時、地動説理論が従来の天動説に基づいて組み立てられた天体運行の仮説にくらべて格段に観測結果と符合すること、天体の運行を正確に予測することができることに教会関係者のみならずコペルニクスやガリレオでさえ戸惑ったことであろう。

それはとりもなおさず、アリストテレス以来の理論、そしてなによりも聖書の記述(神の言葉）が間違っているということを意味するとしたら−−−到底ありえないことが起きてしまったと彼等が考えるのもむりからぬことだっただろう。

しかし、一方では地動説に基づく天体運行の「仮説」は、実に都合よくいままでの理論の矛盾点を解消していることも事実だ。聖書の記述の正しさを守りつつ地動説の「仮説」をも受け入れるためにはどう考えたらよいのだろうか−−−中世においてはこの科学と聖書の整合性問題ほど重要なものはなかったのではないだろうか。

そこで出てきたのが、本書で取り上げられている「真理とは何か」「人は真理を知ることができるか」という命題だ。

コペルニクスの「天球の回転について」に匿名の序文を寄せた、オシアンダー、そして「星界の報告」を見てその著者、ガリレオをたしなめる手紙を書いた枢機卿ベッラルミーノは、ともに二人が著書で明らかにした「仮説」は、たしかに見かけの天体の動きをよく説明できるが、だからといってそれが天体の動きの絶対的な法則だと断言することはできない―――地動説以外にも天体の動きを説明できる「仮説」があるかもしれない−−−というのだ。

屁理屈、詭弁の類にも聞こえる彼等の主張は、聖書が絶対（神が絶対）という信仰の根本を損なわず、それでいて科学探求の成果と理論を受け入れるための苦し紛れの妥協案ということもできるが、「人間は自然の絶対的真理を知り得ることができるのか」という科学研究の根元にもつながる問題を提起してもいる。

科学論が専門ではない著者だが、その学究への情熱とその深さは実に尊敬に値する。