許される悪はあるのか　　　　　マイケル・イグナティエフ　　　　　風行社　

マイケル・サンデル教授の白熱教室で「多数の命を救うために一人を殺すことは許されるか」というかつて流行った「究極の選択」のような命題が討議されていたことがあった。

「討論を司会するサンデル自身の結論はどっちなのだ！」と叫びたくなるような「こういう条件なら許される場合もあるが、しかしそれが正しいといえる訳ではないし---」といったどっちつかずの答えだったのにがっかりしてあれ以降、サンデルの本は読んでいないのだが―――。（参照『これからの「正義」の話をしよう』）

本書でイグナティエフが取り上げている問題もサンデルの設問と似た問題ともいえる。

デモクラシー国家で国民の安全を守るためならば、個人の自由を制限することは許されるかという問題だ。

具体的には、テロリストに対して、拘留、拷問、予防的戦争は許されるのか、許されるとしたらどのような条件の下なら許されるのか―――といった問題だ。

カナダ自由党の元党首でもあり、リベラリストとしても著名な著者だけに、その検討は実に詳細にわたり論理も明快ではあるがいかにせん最後まで読んでもこれが結論だと明快に答えられている訳ではない。

そもそも、市民的自由と国民の生命のいずれをとるかという設問そのものに二者択一の答えがある訳ではないと著者自身も分かった上で「究極の選択」を迫るかのような論議は、サンデルもそうであったように「設問の巧みさ」で人を感心させることはできるが、どうも議論の為の議論のように思えてならない。

近年とみに大量破壊兵器を用いたテロ攻撃の可能性が高まっているといわれるが、そのような中では自由の制限という「より小さな悪」を選択せねばならない場合もあるだろうが、その「より小さな悪」の選択は、後により大きな悪へと変化する可能性がある。したがって「より小さな悪」の選択に当たっては、我々が「自由な国民」としてのアイデンティティを失ってはならないのだ―――という結論のようであって要するに何を言いたいのか分からない曖昧な結論に納得できる読者は多くないのではないか―――とも思うが―――。