テキヤ稼業のフォークロア　　　　厚香苗　　　　　青弓社　　

最近余り見かけなくなった神社仏閣などにおける祭礼の場にでている露店だが、いまでこそ「露天商」といわれるこういった祝祭空間の賑わいにかかせない露店商人たちのことを昔は「テキヤ」と呼んでいた。

本書は、東京の墨東地域におけるこのテキヤ社会のフィールド調査を行なった著者による「テキヤ」社会の民俗学的考察レポートである。

最近、テキヤはヤクザと同類といった受け取られ方が一般的だが、ヤクザの「任侠道」に対して、テキヤは、神農道を敬う集団という意味でその起源も異なるのだという。

テキヤはムラ社会における祭礼行事という不定期な場における特殊な商人集団であり、地域における祭礼というこれまた非日常の場を盛り上げる異能集団でもある。

又、彼等は、都市下層民、そして零細商人の集団であり、独特の身内社会を構成している。今もヤクザとは一線を画する歴史あるテキヤ集団も多いという。

都市下層民の集団として成立したテキヤ集団だけに、彼等は一般のカタギ集団との交わりと、身内内での交わりとでは全く異なった規律に従っている。テキヤはテキヤ独特の集団維持ルールを持っているという訳だ。

テキヤの世界は徹底した男性社会であり、女性はその集団の中で働くことはできるが、正規構成員になれない。血縁は徹底的に忌避され、集団伝統の維持は、血縁のない者同士の強固な親分子分関係によってなされ、きわめて厳格な出世プロセスがある。

又、テキヤ集団はそれぞれが縄張りを持つが、集団同士が極力争いを避けるために、縄張りがいくつかの集団で重なるといったことも頻繁に起きているという。

祝祭空間における場所とり（地割）の方法、店舗の配置などについての集団毎の決まり、しきたりは多いが、いずれも口頭伝承によって維持されており、書いた記録に残されることはほとんどない。

決して「アウトローの社会」という訳ではないものの、少なくとも「アンダーグラウンドの社会」であるテキヤ社会に入り込み、これだけのフィールド調査を行なったうら若き女性である著者の学究に対する情熱にも心打たれた。