女性のいない世界　　　マーラ・ヴェステンドール　　　講談社　

人間の出生性差比率は女子100人につき男子が平均105人といわれている。

これは数百万年をかけた進化の過程において人類が到達した「種族繁栄の為の、もっとも合理的な性差」だといわれている。

しかし、この性差は又、人類史の中で度々ゆがめられてきた。様々な社会的、文化的要因によって女子よりも男子を望むという人々の選択が、古くは出世以後の女児を殺すといった形で強制的に行なわれてきた。

近年、そういった出生後の幼児殺しはなくなりつつあるものの、医療技術の発達により、超音波で妊娠中の胎児の性別判定をおこない、女児であることが分かったら中絶してしまう−−といった形でより鮮烈に行なわれるようになってきたという。

一人っ子政策によって一人しか子供を持てなくなった中国人は「どうせ生むなら男の子」という選好を進めた結果、中国暮らしである著者が見た北京のある幼稚園ではほとんどの園児が男の子という異常な光景が生まれているという。

又、娘の結婚には多額の持参金を用意しなければならないというインドでは、その婚資を嫌った両親が妊娠した子が女児だと診断されると中絶してしまうという事例が頻発、中国以上に性比アンバランスが起きているという。

多くの野生生物のオス同士が生殖相手のメスを得るために激しく争うのと同様、男に偏った性比バランスは、人間においても男性を暴力的、攻撃的にしてしまうし、そういった男性過多の社会は不安定になることがわかっている。

自然の手に委ねられていた子供を何人作るか、男女の比率はどうするかといった選択を個人が持つようになったことで起きている弊害は今や最大の人口問題だと著者はいう。

もっとも人口、あるいは性差の問題も「神の見えざる手」によっていつかは元に戻るという可能性もないではないようだ。

一時期、極端に男児に偏った韓国の新生児性比も、最近は自然状態の100対105にもどりつつあるという。

これは医療技術の発達によって新生児死亡率が低下したために、人々は「スペア」で何人も子供を作る必要がなくなったことに加えて、女性の結婚年齢が高齢化し、高齢出産ではもはや中絶の選択ができなくなったことが最大の原因だというから、世界も女性の地位向上とともにやっぱり「神の見えざる手」によって50年後、100年後には又100対105の性差をとりもどすのだろうか。

尚、本書を読んでから日本の人口統計を調べてみたが、日本ではここ数十年に亘って100対105の性差が守られている。（ちょっと意外な気もしたが）何が、日本人にこの自然の性差を守らせているのか−−−不思議な気もする。