中国化する日本　　　　　　與那覇潤　　　　　　文芸春秋

いきあたりばったりで次々に起きた出来事の連なりが「歴史｣を作っている−−−ともいえるにもかかわらず、人は起承転結の一つの必然的な流れで歴史を解釈したがるようだ。

黒船来訪によって閉塞した江戸社会の太平の夢が破られ、それが明治維新への動きとなった―――といった類のストーリーが固定化し、それ以外の解釈は「間違い」とすら言われるようになってしまう訳だが―――。

三十代前半の著者によるこの一千年間の日本通史の解釈は、今までの「常識」的歴史解釈に対してことごとくといってよいほど異議を唱え、ユニークな新解釈を施していく。

その見解は、フレッシュで意表をつくものだが、豊富なバック資料、読者の碩学ぶりに裏打ちされ、しかも（やや芝居がかっているような気もしないではないが）断定的かつ自信あふれる語り口から、ある種痛快感さえ漂う。

著者は中国の近代化は宗の時代にはじまり、中国社会は、今もその宗時代の近代化路線を継承しているという。宗の近代化とは、貴族制を廃し、科挙によってえらばれた実力のある者が皇帝の権力の下に社会運営を行っていること。皇帝は民間に対してその権威に対する服従さえすれば、経済的、文化的自由を与えるという、まさに「自由競争社会」を実現させたことを指すという。

しかし、江戸時代の日本は、宗の近代化とは正反対の封建社会を築いた。すなわちそれは固定した身分制、競争の制限、門閥主義であり、漸くその封建制から脱して近代化を図ろうとした明治維新以降においても、常に中国的近代化とは正反対の社会、すなわち「皆が、今の分を守ってさえいれば、そこそこに安定した生活、社会が保証されるという社会」への回帰がはかられてきたし、日本人のメンタリティーも「懐かしき江戸時代」といったものであったという。

この封建制度の弊害はあるものの、「皆がそこそこに安定して暮らしていける社会」へのノスタルジーが近代においてさえ「日本は世界でもっとも成功した社会主義社会」といわれる由縁だというのだ。

小泉改革による「自己責任社会」には結局なじめず、「税金は安く、福祉は手厚く、高速道路はタダに！」という民主党のマニフェストに狂喜したつい最近の日本人をかんがえれば、著者の日本文化論、歴史解釈はかなり合点もいく。

なにしろ、若手で売れっ子になる素質に恵まれているようにも思える著者だけに、その内にメキメキ売り出してくるのではないかとも思うが―――。