イスラエルを知るための60章　　　　立山良司　　　　　明石書店

仕事の関係で中東・アフリカの国々には随分と出かけたものだ。日本人にはあまり馴染みのない地域だけに、中東経験者がよほど珍しいのだろうかこちらが中東に詳しいと知ると「旅行するなら中東ではどこが一番お勧めですか」といった質問をされることがある。

中東は観光スポットという点では世界有数の地域だ。エジプトをはじめ豊富な歴史遺産にめぐまれ、砂漠だとか、ラクダといった日本ではお目にかかれないような自然、地中海沿岸の美しい景観や気候(一部の地域ではあるが)等々自然資源にもめぐまれているが、只一方、多くの地域は政情が不安定で治安もよくない―――といったマイナス要因も多く、総合的に言えばあまり「お勧めの旅行先」という訳にはいかないともいえる。(例えば、エジプトはピラミッドや、アブシンベルといった是非見ておくべき観光資源の宝庫ではあるが、衛生面やら治安面を考えると、若くない人には余り「お勧め」とは言えない)

そんな中東の中で、この地域の良い面（歴史、自然、文化といった）の全てがあり、是非お勧めしたい唯一の国が、イスラエルだ。

本書にも詳しく述べられているが、世界の三大宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教)の聖地すべてがこの国にはあり（イエスの軌跡を辿ろうとすればそれは全てこの国にある）それだけでも観光資源は実に豊富だ。

爽やかな地中海の気候、過酷な砂漠気候など中東のあらゆる気候がこの国で経験できるし、（いまでも教科書に載っている）死海などの自然遺産、ヨルダン川やガリラヤ湖などの名所にも事欠かない。

その一方で衛生面では欧米や日本並みという安心感（イスラエルの医療は世界最先端）、有名なクラシック音楽家を多く輩出しているユダヤ人の国であるだけに、芸術面(音楽に限らず)文化面でも見どころ豊富だ。ユダヤ教に基づいた食事上のタブーがやたらと多いけれど、味は中東の中ではピカ一クラスだから、「中東のエスニック料理の一つ」と思えば、さまざまな食べ物のタブーも却って楽しい経験となるだろう。

「自爆テロなどの治安が不安」と思うかもしれないが、世界で一番厳しい検問によって外部から守られたイスラエルの国内は、一旦中に入ってしまえば世界有数の安全地帯だ。ニューヨークやロスアンゼルスに比べてもテルアビブ、エルサレムの方が治安の面でははるかに安全だ。（街中に銃を持った治安部隊がごろごろいるという緊張感はあるが）

そういう意味では数週間、あるいは数ヶ月、観光客として中東を訪れるならイスラエルが一番だ。イスラエルの人々がいうようにこの国は「一瞬たりとも退屈することがない国」なのだ。

もちろん、イスラエルが中東における地域不安要因であり、そのあまりにも唯我独尊的な排外姿勢こそが、世界平和かく乱要因であるといったこの国が抱えている問題は多い。その意味では確かに一観光客としてイスラエル旅行を「楽しむ」ことには忸怩たる思いがないではないかもしれないが−−−。

本書は、そういった、イスラエルの面白さについての詳細に述べると同時に、この国がいかに人工的に作られたか、建国以来、かつてこの地域の住民であったパレスチナ人をいかに虐げてきたか、米国に住み米政財界に強い力をもつユダヤ人の政治力を駆使することによって、国際政治をいかに強引に不正義へと導いてきたか―――といった影の部分についても詳細にのべてあり、まさに本のタイトル通り「イスラエルを知る」ための虎の巻といってもよいだろう。

しかも、近年の「アラブの春」によって大きく変わりつつあるイスラエルの国際的地位（益々、孤立を深めている）についても最新情報を交えて解説しているところも、大いに評価できる。