それをお金で買いますか　　　マイケル・サンデル　　　早川書房　

腎臓病で苦しむ身内に自らの生体臓器提供をした肉親（例えば子供や兄弟といった）がいたと聞けば、その愛情の深さに心打たれる人はいるだろうが、その腎臓が、最近結婚したばかりの低開発国出身の若い妻から、金持ちの老人である夫に対するものであったと聞いたらどうだろう。

いかに当事者の二人が「臓器提供はお互いの愛によるものだ」と主張したとしても―――金に糸目をつけずに臓器を欲しがっている金持ち老人と、自らの臓器を売ることによって巨額の報酬なり遺産なりを得られることを欲する、若く貧しい女性との間にはなんらかの取り決めがあったのではないかという疑いを抱く人は少なくないかもしれない。

この例以外にも、無償だから美しいと思える行為でも、それが有償の商業行為だとしたら、汚らしく思えてしまうというものは多い。

しかし留まるところを知らぬ現代社会における経済化は、かならずしも「美しいか汚らしいか」という判断基準を必要としなくなってきている。

イラクやアフガンで米軍の戦闘を担っているのは民間軍事会社の社員、すなわち昔でいう傭兵たちだ。自分の命を商品化することによって高額報酬を得たいという個人と、そういう人に自分の身代わりとして戦わせるだけの資金を持っている個人や国との間における自由取引の一体どこがいけないのか！という考え方こそ、経済効率化（？）が進む現代社会の実態だ。

しかし、傭兵に戦争を請け負わせることによって、かつては祖国愛だとか愛国心といった名の下に賞賛された兵士たちの国への奉仕は、単なる戦争という名の殺人という「汚らしいもの」に貶められてしまったといえないだろうか。

少年達のヒーローであった野球選手達が、サインボールをせがまれて無償でその少年達に与えていた時代のサインボールに込められた価値が、今や、こういったサインボールでさえ選手達が高額でグッズを取引するマニア達に有償で渡すようになってしまったことで失われてしまったものは何だろうか？(少年たちにとって野球選手はもはやヒーローというよりはサインマシンになってしまったといえないだろうか)

ハーバート白熱教室でおなじみのサンデル教授らしく、本書で取り上げている見境のない商業化の問題点という着眼は実に面白い。白熱教室でもそうだが、この人の（マスコミ受けする）問題提起、着眼の良さにはほとほと感心させられる。

それにしても、本書で明らかにされている「なんでも商品化」してしまう現代社会の経済功利主義のすさまじさにはおどろかされる。

余命短いことが明らかな老人が当然掛金のとてつもなく高い生命保険に加入し、その生命保険証を売りに出す―――その老人が早く死ねば、生命保険を買い取った人は、高利回りの投資回収ができる―――などということがアメリカでは大っぴらにおこなわれているし―――あまりの凄さに口があんぐりとするような「商業取引」に驚くばかりではある。

それどころか、全く関係のない有名人が「いつ死ぬか」を証券化する「デスポール」などという賭け（債権化といえば少しは綺麗に聞こえるが）だとか、驚くことの連続だ。

そういえば、ホリエモンや村上ファンドが華やかなりし頃、彼等の「お金で買えない物はない！」という豪語に、真正面から反論する意見が意外とすくなかったことを思い出す。それは、当時人々が「愛情も友情もひょっとしたらお金で買えるのではないか」と疑心暗鬼に陥っていたからともいえるのではないだろうか。

何しろ面白い一冊ではあるが、サンデル教授の上手いところというか、悪いところである「結論は出さない、問題提起だけ」というところは相変わらずで、読後のフラストレーションは少々残るかもしれない。