ヨーロッパの舌はどう変わったか　　　南直人　　　　　講談社

西洋風の食事といえば、和食と対比するかたちで肉食中心、米ではなくてパン、ミルクやチーズなどの乳製品などの食材、和食の箸に対するナイフとフォーク、西洋皿やカップといった食事道具、あるいは食事マナーに至るまでその特長を表すものを思い浮かべるが、実はこういった食材、食器、マナーといったものの歴史はそれほど古い物ではない。

我々が「西洋の食事とはこうだ！」と考えているものがどういう歴史を経て形成されていったのか―――といった視点は、案外見すごしていた部分であり、本書の様々な指摘は実に興味深いものばかりだった。

著者の専門はドイツ近代史だが、近代ヨーロッパ成立の課程を研究する中で、食物史からのアプローチこそが「文明史」に対する最適アプローチ手段ではないかという着想から本書を著したという。

ヨーロッパ中世の食生活は肉食中心であったが、人口増加にともない穀物中心に変化、近世初頭において栄養状態は中世に比べて著しく悪化したことは、各国における新兵の身長、体重検査記録などから明白だ。

しかし19世紀後半になると、高度畜産加工農業が確立され、畜産と穀物生産が分離されたことによって肉食中心の食生活が復活、この時期に大幅な体格向上が見られるという―――欧米人は「デカイ」というのも意外と近代になってからの話のようだ。

長く手づかみで物を食べていたものが漸く中世になって武器の変形としてナイフ、フォークが使われるようになり、それに従って西洋式マナーも徐々に形成されていったという。

確か、以前トマスモアを主人公にした映画を見た時、彼の時代、英国王室でも王族は皆手づかみで食事をしている場面があってびっくりしたことを思い出す。

西洋食の定番といえる、とうもろこし、ジャガイモ、砂糖、コーヒー、茶といった食材が西洋に入ってきた歴史も精々この500年位の話でしかないと知れば、それ以前、ヨーロッパ人は一体何を食べていたのだろうかなど本書の内容に益々興味が湧いてくる。

缶詰、即席スープの素、マーガリン、殺菌ミルク、アルコール飲料の革新といった近代工業化がヨーロッパの食事にもたらした影響などを含めて、いささかカバーする時代が広すぎるところに戸惑いを感じないではないし、都市化、あるいは工業化、小売革命がもたらした食文化への影響なども含めて、最近の部分については大急ぎで概観したに留まっているところも惜しいような気がするが、現代の日本人の食事（それを、今や「和食」と呼ぶのが相応しいのかどうかも含めて）をあらためて文明史的観点から見る上でのよいきっかけになる一冊だと思う。

(98年2月発行)