イスラーム思想史　　　　井筒俊彦　　　　中央公論新社　

本書は、世界的なイスラーム研究者である著者が、昭和16年、及び昭和23年に発表した「アラビア思想史」及び「アラビア哲学」を昭和50年に改編して発行されたものだが、30年近く以前の著作ではあるものの二編ともにそれほど大きく改編してはいないという。

著者の研究が既に初版発行時点において完成したものであったということなのではないかと思うが、なにしろ著者の研究レベルの高さに驚かされる。

そんな事情もあって本書は、今もイスラーム研究の不朽の名作として全く古さを感じさせない。

視覚と聴覚が極めて鋭敏でなければ生きていけない砂漠の民の中から生まれたイスラームは、それゆえに当初は、極めて感覚的、物質的な教えであった。

ムハマンドは、神とか霊魂といった非物質的なものをいかにして物質的、実証的なものしか信用しようとしないアラビアの民に説いたのか−−−そこには極めて感覚的に美しいアラビア語が重要な役割を果たしたという。

そのように発生したイスラームが、その後ギリシャ哲学の思弁性を取り入れることによっていかにして世界宗教となっていったのだが−−−思弁性に満ちているが故に預言者ムハンマドの教えと齟齬を来たし始めたこの宗教が、中世イスラーム神学の歴史の中で、どのようにその実証性と思弁性という相克を乗り越え、変容していったのか―――。まさにタイトル通りの思想史は、イスラームを知る上での最高の教科書ということができる。

9.11事件などを切欠にイスラームに対する関心が高まってはいるが、日本にとっては長くほとんど縁のなかったこの世界について、既に70年も前にここまで完璧な研究成果を上げていた学者が日本にいたとは−−−驚くばかりの一冊だ。

(05年1月発行)