肉食妻帯考　　　　　中村生雄　　　　　　　青土社　　　

著者は2010年に約2年間の闘病の末、白血病で亡くなっている。

本書は、著者の死後、友人等によって彼の講演記録、発表論文、あるいはパソコンの中に残されていた論考などを編集して発行されたいわば遺稿集である。

著者の関心は宗教学の多方面に亘るものの、主たる部分は世界にも珍しい日本の仏教界における僧職の「肉食妻帯」についてであったこともあり、タイトルは「肉食妻帯考」となってはいるが、かならずしもそのテーマにそって内容が統一されている訳でもないのは、本書の編纂の経緯から言って当然といえるだろう。それにしても、本人の死後、これだけの論考を集め一冊の本に仕上げた友人たち（多分、同学の人たちなのだろう）の著者に対する友情の厚さには感銘を覚えた。

本来、仏教においての肉食問題と、妻帯問題は全く別個の問題であるから、肉食妻帯考とはいってもこの二つは別々に考察していく必要がある。

まず肉食についてであるが、本書によれば、原初、インドの仏僧たちは托鉢に出て得た食糧は何でも食べていたし釈迦も肉食していたように必ずしも禁じられていた訳ではないようだ。しかし、それが中国、日本に伝わる中で戒律の殺生戒との整合性を求めるなかで肉食禁止へと変わっていった。

次に妻帯についてだが、こちらは、原初の仏教においてはその信仰はサンガの中にある修行僧たちのものであり、修行僧には女犯は戒律で厳しく禁止されていたのだが、その後、仏教が中国に伝わり在家者の信仰を集めるようになってくると（大乗仏教）必然的に「在家者は妻帯可」という特別ルールがでて来ざるを得ない。さらにはその大乗仏教が日本に渡り、親鸞の「悪人正機説」的な僧俗一致思想になってくると、「僧侶でさえも妻帯可」という変遷を遂げざるを得なくなってくるのだという。

真宗以外の各派には禁じられていた妻帯が、明治政府による「肉食妻帯勝手令」によって真宗以外の宗派においても、僧侶の結婚が許されるようになったのは、当時の政府が「肉食妻帯勝手令」によって僧侶というかつては特権階級にあった者を、一般国民と同じレベルに落とすことによって国民全体を国家の統制下に置くという目的があったからだという。

肉食あるいは妻帯といったある意味ではエピキュリアン的な「何でもあり」の宗教の方が、日本人の本性にあっているのではないかといった考察も本書には散見され、なるほどいわれてみればそういう「ゆるさ」こそが、世界的にも珍しい日本人と宗教とのゆる〜いに関係につながっているのかなぁ〜とも思った。