選択の科学　　　　　シーナ・アイエガー　　　　　文芸春秋　

体に悪いと分かっているのに中々タバコが止められないという人の中の多くは、タバコ増税に賛成とはいわないまでも余り抵抗感のない人が多いという。「喫煙を続けるのも、禁煙するのもあくまでも個人の自由」である現代社会においては、「悪い習慣だと分かっているのに喫煙という間違った選択をしている自分」を嫌悪する気持ちが拭えないでいる中、「タバコ増税」という外部圧力によって「喫煙の自由」という選択の幅を、「禁煙せざるを得ない」という選択権の制限によって「奪われる」ことを寧ろ期待する気持ちが働くからだと考えられる。

最近は「ガンの告知」は当たり前のようになってきた。「手術をして生命維持装置につながれるような治療を望むならば、余命は1年だが、手術をしなければ余命は3ヶ月乃至半年だが、自宅で家族に囲まれて死を迎えることも可能かもしれません。さあ、どちらにしますか」と医師にあなた自身の「生き方と死に方の選択」を委ねられたとしたら、かつてのように「ガンの告知」もないままに死んでいった末期ガン患者にくらべてそれでも「自分の行き方、死に方を他人ではなく自分で選択できた!｣という満足感が得られるだろうか、それとも―――。

本書で繰り広げられる7講に亘る「選択」に関する論考は、我々の人生が、いかに我々自身の「選択」によって成り立っているか、あるいは我々の「選択」が、いかに非論理的、非科学な面を持っているか、それでいてこの世界を成り立たせるために「選択」がいかに根源的な重要性を持ったものかといった話題で埋め尽くされている。

ポアンカレは「発明とは無益な組み合わせを排除して、ほんのわずかしかない有用な組み合わせだけを作ることだ。発明とは見抜くことであり、選択することなのだ」といっている。

傘があの形であることは、だれかが全く何もないところから独創的に思いついたものではなく、雨から人の体を守る為にはどういう形がよいか、傘に降った雨が人を濡らさずに下に流れる為にはどういう形がよいか、晴れている時には持ち運びに便利であるためにはどういうものがよいか、といった様々な条件の中から選択された物を形にしたら、今の傘の形になった（ならざるを得なかった）という、まさにプラトン的なイデアを見つける為の「選択」が「発明」なのだというポアンカレの考え方を、著者は更に進めて「選択とは、発明することなのだ」と言っているが、本書を読んでいくと、なるほどそうかも知れないとも思えてくる。