これだけは知っておきたい 史的イエス　　　　　J.H.チャールズワース　　　　　教文館　　　　

エジプトに駐在時代、休暇を利用してイスラエル国内を旅したことが何度かある。イスラエルの国土面積は四国より少し大きい程度だから隅々まで回っても1週間もあれば十分足りる。

狭い国土を回る暇つぶしの旅と言うこともあってキブツ探訪などもしたが、イスラエル国内を回るとなると、どこに行っても、キリストゆかりの地といわれる所を訪れることになる。

ナザレにある受胎告知の史蹟、ガリラヤ湖の山上の垂訓の地、キリストが生まれた馬小屋があったというベツレヘムなど余り日本人観光客がいかないようなところにも行ったのはよい思い出だ。

その他にも、イスラエル各地には聖書に出てくる地名が実に多く、それらの「聖地」といわれるところを幾つも回っているとキリスト教徒でもなんでもないのに、イエス・キリストいう人を身近に感じることになる。

処女マリアがイエスを生んだだとか、イエスが湖上を歩いただの手をかざすだけで病人を治した、死んでから復活した云々というオカルト話は頭から信じないものの、それでも各地を訪れその言い伝えのある地にたてば、少なくとも2000年前にこの地にイエスという名の男が実在したのだろうなぁ〜という確信のようなものが湧いてくるのだった。

「ここが、イエスの十字架が立っていた場所」だとか「ここでイエスが山上の垂訓を行なった」といった史跡を見たからといって、そのいずれもが後世の作り話だという可能性は無くはないが、それでも多くの福音書が一致して伝える事柄には、かなりの部分真実が含まれているのではないか−−−という本書の指摘は自分自身の体験とてらしあわせても納得できる。

あの時自分が思った、イエスという男は2000年前にこの地に生きていた新興宗教教祖タイプ（現代ならばオームの麻原のような）の男だったのではないだろうか−−−という見解と本書の記述は多くの部分で一致する。

著者は、現代聖書学の第一人者だが、聖書学的といういわゆる宗教書的な捉え方ではなく、歴史学的にイエスを研究したものであり、抹香臭い、宣教書的なイエス本ではないところに好感がもてた。

本書では、イエスを2000年前にこの地に生きた敬虔なユダヤ教徒として捉え、当時のユダヤ教徒の中でどのように異端であったのかといった点に焦点を合わせ、十字架にかけられるにいたった当時の政治、宗教状況を分析するなど、イスラエルを旅した自分の見解を後押ししてくれる部分が多い。

著者はイエスに関する｢イエスはどこで生まれたか｣「イエスはマグダラのマリアと結婚していたのか」といった27の質問を設定、それらについて様々な資料に基づいて回答していくという形で「史的イエス」を再現するという方法をとっている。

「愛」あるいは「弱者や貧者に対する慈愛の目線」といったユダヤ教的とはいえない独創的な思想を生み出したという点で、イエスという新興宗教教祖は極めて異端のユダヤ教徒であったということなのかもしれない。

キリスト教というのはイエスの死後、その後継者たちによって作られた宗教でありイエスは「キリスト教徒ではなかった」ということもおおいに納得がいく。