お家賃ですけど　　　　　能町みね子　　　　東京書籍　　　

平成十四年、性同一性障害を持つ著者は、神楽坂にある加寿子荘（著者が名づけただけであって、正式な名前がある訳ではない）という家賃4万円、一間の民間アパートに入居する。

加寿子荘は、築40数年、今時こんな下宿風アパートが都内にあるとはとても思えないような古風な建物である。しかし、屋内は加寿子さんによって黒光りするほどに磨き上げられている。

他の部屋の居住者、そして大家の加寿子さん（推定90歳？）はお互いが、ほとんど交流することもなく住んでいる（らしい）この加寿子荘の雰囲気とレトロな街並の環境は、著者にとってはこのうえなく居心地のよいものだったようだ。

本書は、そんな著者の日常を日記風に描いたもので性同一性障害者としての彼（彼女？）の、実に微妙な心象風景の描写と、この加寿子荘の雰囲気がミックスしてなんともいえない一編の詩のような作品になっている。性同一性障害という特殊な立場にある為とばかりはいえない、人は根源的には孤独であるが、又、人は人の中でやすらぎを感じ、人の中でしか生きていけないという、なんだか嬉しくなってくるような、物悲しくもある人生観が漂ってくる。

当初、著者が入居した部屋には風呂がなかったが、外国での性転換手術を受けるに当たって著者はこの愛すべき加寿子荘を去るしかなくなったのだが(銭湯には行けなくなる？）、一年半後、偶然にこの加寿子荘にたった一部屋ある風呂付の部屋が空き室となったことを知り、矢も盾もたまらずに以前加寿子荘に入居した時の不動産屋を通じて再入居を申し込む。不動産屋のおばさんと加寿子さんに、自分が以前ここに住んでいたことを明かす著者に二人は、一旦は驚きながらも著者に細やかで優しい眼差しを向ける。

「ああ、はいはい。ほかの方には内緒にしておきますからね。うふふ」と言ったという加寿子さんというおばあさんの優しさなどを含めて全編に流れるこのほのぼのとしていてちょっと物悲しい雰囲気など、不思議な魅力を秘めた一冊だ。