マスタースイッチ　　　　ティム・ウー　　　　　飛鳥新社　

19世紀の終わりに発明された電話がそれまでの通信手段であった電信にとって変わって以降も、情報産業の世界に於ける新しいツールの発展と、そのツールを駆逐してしまうようは創造的破壊による革命、といった盛衰の興亡が繰り返し行なわれてきた。

本書はこの間における情報社会における興亡史を描くとともに、このような創造的破壊と独占、独占の終焉をもたらす創造的破壊という資本主義にとって不可避な輪廻を説く意欲的な一冊だ。

カメラフィルムという成熟した市場における競争の最終的な勝者は、その質や価格の競争に勝った市場独占者ではなく、デジタルカメラというフィルムを必要としない全く新たな商品であった。これが、シュンペーターがいうところの「創造的破壊」の理論である。

通信産業における創造的破壊は、電信の牙城を一気に崩した電話であり、電話という閉鎖されたコミュニケーションを突き崩したのは、ラジオであり、ラジオの牙城を無意味なものにしたのがテレビであったように常に起こっている。現代に於いても、電話などのコミニュケーションツールからインターネットへ、そしてコンピューターからIPADのような携帯端末へといった形で日々続いている。

そういった興亡史の中で我々が気付くのは、最初に異端の開拓者として出現し、既存の独占や利権による様々な規制を打ち破る自由の旗手であった創造的破壊者が、前者を駆逐した段階で、今度は自らが新しい世界における独占の盟主なり新規のイノベーションの排除者となるという歴史の必然だ。

それはまさに我が子が自らの地位を奪うことを恐れて次々と我が子を食い殺したといわれるギリシャ神話のクロノスのようだと著者はいう。

このクロノスとしての宿命は、情報社会の革命家としてそして究極的な情報の自由の旗手として登場したと思われてきたインターネットも例外ではないという。

反逆児として登場したジョブズが、そしてアップルが、今や自らの独占の為に、様々な手段によって自らの既得権を守ろうとしており、そういった彼等の目論見がいかに巧妙な形で成し遂げられているかといった本書の指摘にはおどろかされる。

アップルとグーグル間でしのぎを削って争われている、生きるか死ぬかの攻防も、実は自由対規制の争いではなく、資本主義の宿命ともいえる独占の覇権争いであるという著者の大胆かつ詳細な分析は読者を驚かせるだろう。

本書を読んでいると、なにも情報産業だけではなくあらゆる産業において、自由対規制にみせかけた争いが、実は独占という地位を巡る巧妙な覇権争いなのだということに気付かされ愕然とするかもしれない。

本書についてあえて不満を述べれば、自由か規制かといった二元論ではかたづけられない「あるべき情報世界」についての著者自身のスタンスが、今一つはっきりしない点だろうか。それは、「究極的な自由の為なら許容範囲の規制もゆるされる」といった結論として何を言っているのか分からないような結論になっていることにも表れているようにも思うが。

何しろ、メディア論、産業興亡論に関する著作としては本書は、抜きん出た秀作であることは間違いない。