夜這いの民俗学 赤松啓介 ちくま学芸文庫
本書は市井の民俗学者である赤松啓介による「夜這いの民族学」と「夜這いの性愛論」を合本して04年に再版された。
赤松啓介は明治41年兵庫県生まれ。戦前には非合法であった共産党に入党し治安維持法で検挙収監された経験を持つが、その民俗学研究も反権力的な立場に基づく「非常民」の習俗に着目したものであり、柳田国男流の「文部省推薦的」民俗学に対する反骨精神に溢れたものである。
本書は、赤松自らの人生体験に基づく調査（？）で得られた、明治末から大正、昭和初期における農村、あるいは町家における性の風習を詳細に紹介したものであり、隠されてきた日本人の性風俗の貴重な記録としての価値を持つ、一種の奇書といってもよいものだ。
民俗学の父といわれる柳田国男が避けて通った「性」に関する赤松の言及はなにせ実地体験に基づくだけあってその資料的価値の迫力は圧倒的だ。
本書で繰り返し詳細に触れられているのは、明治期から大正、そして昭和初期までは農村や都市の商家において常態的に行なわれていた「夜這い」という性風俗である。
柳田の民俗学研究のように、土地の古老などから聴取した習俗の記録という訳ではなく、赤松自身が生まれ育った村で、あるいは村々を回る行商人として、あるいは丁稚奉公した商家で実体験した事実に基づいての「研究」という意味で、その資料としての信憑性、迫力は圧倒的だが、そういった民俗学資料という面を離れて、ある種の「お色気話」的な面白さもある。
本書では、伝統的日本社会で行なわれていた、筆下し、水揚げ、若衆入り、夜這い、等の風習について詳細に描かれており、その語り口が老爺による昔語り風(猥談風）であることもあって、ついつい引き込まれる。
性というものに対する考え方が、一般的に言われる儒教的な道徳観とはまったく異質な、牧歌的なものであると同時に、個人の物ではなく共同体維持機能を持ったある種の掟であった時代があったという事実に、何だか「目から鱗」のような感覚を持った。
名作、宮本常一の「忘れられた日本人」の中にある「土佐源氏」にも夜這いの風習が叙情的に描かれていたが、土佐源氏本人が語るような赤松の口調が、民俗学という範疇を超えて何か心に響くものがある。
日本人にとってかつては「性」とは、こんなにもおおらかなものだったとは−−−。
(04年6月発行)