東京語の歴史　　　　　杉本つとむ　　　　　中公新書　　　

標準語は制定された明治時代に江戸の山の手で使われていた言葉を基本においているといわれてはいるが、必ずしも山の手言葉そのものではなく、かなりの部分、新しく作られた人工語的な要素をもっている新規の言葉だといえる。

元々、山の手言葉と下町言葉はかなり違った言葉であり、両方をひとまとめにした東京語とくくるには無理があるし、更には江戸時代にもいわゆる「江戸言葉」があった訳ではない。そういう意味では「東京語」というくくりも「標準語」同様にかなり人工語的な意味合いをもった言葉ということができよう。

江戸で使われていた言葉は、古くは様々な関東言葉を元にした言葉であり、同じ江戸市中でも地域によってかなり異なった言葉が使われていた。大川を渡っただけなのに川向こうといわれる下総側と浅草側ではまるで違う言葉が（今も）使われていたぐらいだ。

そういった、変遷、言葉の違いを言い表すためにつかわれたのが本書のタイトルに使われている「東京語」ということなのだろう。

江戸初期から現代に至るまでの東京(地区)で使われていた言葉を、時代毎、地域毎、あるいは階層毎に実に詳細に網羅した本書は、わずか数十年で大きく変わっていく「言葉」のダイナミックな変容をあらためて思い起こさせてくれる。

母が、そしてその母である祖母が使っていた言葉が実に懐かしく思い出され、又、そういった言葉が今や彼女等の孫や曾孫たちにはほとんど通じなくなっているのではないかと思う時に、本書のような言語に関する研究の大切さを実感する。

「ぐうたら」「お転婆」「おきゃん」などの懐かしい言葉、あるいは「やかんのタコ」（手も足もでない）や、「おそれ入谷の鬼子母神」(畏れ入る)などという地口の類などできれば復活させたいものだと思う。