岬　　　　　　　中上健次　　　　　　小学館文庫　

92年に46歳で亡くなった中上健次の代表作的短編集だ。

この短編集には表題作の他にも、「臥龍山」「藁の家」などの同種のモチーフによる作品が収められている。

いずれの作品にも、中上の多くの作品に流れる紀州の風土、閉鎖された農村共同体の人々の気風、彼自身の被差別部落出身という生い立ち、その血族関係の濃密さといったものが全て込められているといってよいだろう。（中上健次のこういった同一テーマの作品を纏めた形で一つの長編と考えることもできるが）

表題作「岬」は、作者の芥川賞受賞作だ。

中上の故郷、紀州を舞台に、作者自身をモデルにしたと思える24歳の秋幸が主人公。

秋幸は母と母の再々婚相手の義父、義父の連れ子の兄と四人で暮らしている。秋幸には父親違いで自殺した兄、そして姉がいる。彼の実の父は、相当に悪辣なことをして金をもうけ、秋幸の誕生前後には他の女二人にも子供を産ませ、その秋幸の義妹の一人は売春をしている−−−という設定だけに、なんとも重い、まさに日本の私小説本流を行くような設定であり、作品全体を覆う閉塞感は実に重苦しい。作品の展開もまさにどろどろとした「血の哀しさ、怨念」といったものが主題であるだけに、読みながらも胸苦しさを感じるほどだ。

只、この作品をはじめとする中上作品の「日本的」な濃密さ、どろどろ感は、この作家の際立った才能故にだと思うが、徹底しているだけに、ある種、爽快感をともなうもので読後感は、むしろ清々しいところがある。

生きていたならノーベル賞候補にもなっていたであろう作家だとの一部での評価もあるが、たしかに今、ノーベル賞候補として話題の村上春樹に比べると、相当上の作家だという印象はある。