裸のサル　　　　　　デズモンド・モリス　　　　　　　角川書店　

イギリスで本書が発行されたのは1967年、既に半世紀前である。

フロイトの「夢判断」が精神分析という手法を使って人間の行動原理の本質を暴き、世界に衝撃を与えたと同じほどに、本書は我々人間という動物の行動原理を、容赦ないほどに生々しく暴いている。フロイト理論が今やほぼ否定されているように、モリスの理論も、正しいのかどうかは未だに確定してはいないが、いまのところフロイト理論以上に革命的な影響を我々の人間理解に与えていることは間違いないだろう。

人間とは何かという疑問の解明は、今も現代生物学においてDNA解析を柱として進めらているが、そこでも、このモリスの説は全面的とはいわないまでも取り入れらており、ある点では「人間行動学の基礎理論」とさえ言われるようになっている。

モリスがいうのはヒトとは、地球上にいる193種のサルの中の1種であるという事実であり、それと同時にヒトほど他のヒトザルと異なった種はないということである。

その特異さはヒトだけが唯一裸(無毛）であるということであり、直立二足歩行をすることや、オスとメスの役割分担やその生殖行動、育児、住居といった点である。

モリスはこれらのヒトと他のヒトニザルとの違いを、一つ一つ挙げながらそれがヒトという種族の生き残りの為の進化論的な自然選択の結果であると理論付けようとしている。

例えば、ヒトのように野生で生きていく上でこれといった強みを持たない(走るのが早い訳でも、嗅覚や聴覚が他より優れている訳ではない）動物は、何でも食べるという「悪食」にならざるを得なかった。そのことが、なんでも手当たり次第に捕食する行動に結びつき果ては同種殺害（戦争などの）をもいとわない種にしたし、肉食の為にオスたちが長期に亘って狩猟に出かける際の子育てをメスが分担するという雌雄つがいの種にした−−−といった解説は、一瞬、眉唾のような気にもなるが、極めて理論的におもえ「目からウロコ」と思えなくもない。

直立二足歩行を得たためにヒトは難産となり、子供は未熟な状態で生まれてこざるを得ない。それは子育てが親にとって大きな負担を強いることになり、そのことがオスとメスのつがいが長く続くというヒト社会の習性を生んだ−−−といった具合に、現代に生きる我々の行動のあらゆる面に亘ってのモリスの「ヒトの行動分析理論」は、一見、独断的と思える部分はなきにしもあらずながらも、まさに動物行動学、人間行動学の面白さに満ちており、著作から半世紀を経ても尚、名著の評判を勝ち得ている理由であろう。