女ざかり　　　　　　丸谷才一　　　　　　文芸春秋　

「樹液そして果実」の書評でも書いたが、自分にとって昨年亡くなった丸谷才一は作家というよりは文芸評論家としての印象の方がはるかに強い。

日本的な暗い雰囲気の私小説に批判的で、英国流の通俗小説的な作風を好むという彼の小説観と、驚くほどの碩学と繊細な感性に基づく観のある文芸批評、文芸評論の落差が気になることもあったし、何しろ小説に関しては寡作ということもあって彼の小説は余り読むこともなかったしそれほど好きな小説家という訳でもなかった。

追悼特集などで彼の代表作の一つとして挙げられていた本作品は読んだ記憶がなかったので手にとってみた。やはり、彼の小説家という面と文芸評論家、文学者としての側面とのギャップにいささかの違和感をもった。

この作品が書かれたのは、93年頃であったというから今から20年以上前だが、この小説の舞台背景は、今から20年前であったとしてもちょっと時代遅れと感じたのではないかと思えるところが多々ある。

文学界における大重鎮（丸谷才一は長年芥川賞選考委員でもあったぐらいだし）が、当時の世相を背景にして彼の好きな英国風通俗小説を書こうとしたものの、やはりその時点で既に彼が時代の中枢の雰囲気からはいささか時代遅れになっていた−−−といった痛々しさ（？）のようなものを感じてしまったのだ。

もっとも、この小説はまちがいなく小説としては「面白い」部類にある。只この作品が文学界の重鎮であり、あれだけの文芸評論のできる作家が書いたという前提で読んだ場合、十分に満足できるレベルでありしかも彼の「代表作」というべき程の作品かというと−−−というレベルでの不満、痛々しさではあるが−−−。

主人公南弓子は大手新聞社の新任論説委員だ。ところが着任して間もなく彼女が執筆した社説が原因となったと思われる不可解な人事異動に巻き込まれそうになる。彼女の社説が、何か大きな勢力の逆鱗に触れてしまい、彼女の勤める新聞社の新社屋建設用地の払い下げが危うくなっているらしく、新聞社の幹部は彼女を論説委員から外すことでその勢力との手打ちを図ろうとしているようなのだ。

納得のいかない人事異動に抗すべく彼女は立ち上がるが、彼女のこの難局打開に協力しようというのは、彼女と同時期に論説委員に就任した取材力は抜群ながら記事が書けない元社会部の浦野、弓子の娘や母、そして元女優の伯母、弓子や弓子の娘を取り巻く男たちという面々だ。

このメインストーリの展開の中で、弓子とその不倫相手の哲学教授、銀座のヤクザ組織の副会長、伯母の元恋人である現首相、与党幹事長といった随分と多彩かつ華やかな面々が加わってくるし、丸谷才一流の碩学振りがいかんなく発揮される様々なエピソードや引用がちりばめられる。

中でも日本社会における「贈与論」は本書の目玉ともいえる丸谷の社会批評であり、それはそれで十分に面白いし考えさせられる。

物語は、結局予定調和的な結末を迎えるのだが、この辺りも、他の作家ならば拍手するところなのだろうが―――。

漱石が「こころ」や「それから」のような作品と「坊ちゃん」や「我輩は猫である」のようなユーモア小説を書き、しかも同時に文明、文芸評論家として、文学者として孤高の高みに立ったのと比べると−−−といった比較での不満に過ぎないのだが。