老妓抄　　　　　　　　岡本かの子　　　　　新潮文庫　　　

岡本太郎の母親として、あるいは瀬戸内寂聴の「かの子繚乱」に描かれた激情の作家としての特異な生き方、といったエピソードは知ってはいても、この作家の作品を読んだことがなかったので、まず代表作といわれる作品から読んでみようと思って手にとったのがこの一冊だが、こんな凄い女流作家がいたのかと心底驚いた。

本書には表題作｢老妓抄｣をはじめ9編が納められているが、何れ劣らぬ珠玉の名品といえるものだ。必ずしも小説が本職という訳でもなかったようだが、それでいてこれだけのレベルの作品を書いたというのだから、彼女の才能はなんとも不思議なほどだ。

中でも、｢老妓抄｣、｢家霊｣、「蔦の門」に流れる古き時代に生きる男女の恬淡としながらも、それだからこそ情念がこもっているような生き方、人の哀れ、といったものは、この作家の作品以外にはない（敢ていえば、樋口一葉にそういうところがあるかもしれないが）楊に思う。

特に「蔦の門」に描かれた、かの子自身と思われる書き手の雇っている一人身の老婢と、近所のお茶屋の養女である幼い娘との絆を描いた作品に流れるまさに「もののわわれ」は、淡々と描かれているだけに却って情感がこもっていて感動を覚える。