麦わら帽子　　　　　森榮枝　　　　　編集公房ノア　　

巻末の略歴によれば、著者は昭和7年生まれの81歳、長崎民友新聞の学芸部記者などをつとめ、長く地方の文芸同人誌などで作品を発表し続けてこられた方のようである。本書に納められた6つの短編も1980年から90年までの十年間に、著者が編集責任者を務める文芸同人誌「ひのき」に発表された作品である。

いずれの短編もテーマはかなり異なっており、一読して相互に関連性やテーマの共通性は感じられないが、いかにも地方でこつこつと書き溜めては文芸同人誌に発表を続けてきた文芸同人作家らしい作品−−−という点において統一性が取れているともいえる。

商業主義的傾向ばかりが目立つ中央の大手文芸誌に発表される作品にはない、けれんみのない、こぢんまりとしていて哀愁を含んだ老齢の女性作家らしく、愛らしくて、ういういしい作品ばかりといえる。

冒頭の「済南まで」は、父の仕事先である済南に家族とともども移住した10歳の少女であった自らの回想を描いたわずか8ページの作品だが、少女の目から見た戦争中の大陸での日本人の驕慢な態度とそれを見る地元の中国人たちの目、そして敗戦によってあの済南の中国人たちよりもはるかに惨めな状況に陥った引揚者たちの暮らしを実にさりげなく描いた作品で、思い出を、あまり感情をこめずに淡々と描いているだけに却って多くの余韻を残す作品だ。

多くの作家ならこのような体験を題材にするとなれば、もう少し話を膨らませるとか起承転結をつけるといったことをしがちだと思うが、小さな（？）同人誌に発表されたというだけあって、そういった余分で過剰な部分がそぎ落とされていることが、却ってこの作品を印象深いものにしているように思う。

その他の5編も、著者もしくは著者の身近にいる人をモデルにした私小説風の作品で、いずれも、読んでいてホッとする「小品」に仕上がっている。