ほんとうの中国の話をしよう　　　　余華　　　　河出書房新社　

クメルージュによる大虐殺、ナチスによるユダヤ人大虐殺をはじめ、人類史は｢愚行｣「狂乱」といえる出来事で綴られていると言っても過言ではないのではないだろうか。

理知的であるはずの人類が、なぜあれほどの愚行を行い、それらの狂乱の中で誰もがその狂乱に対して無抵抗、いやむしろ迎合していたのだろうかと考える時、人間というものがそら恐ろくなって来る。

1960年から4人組追放までの10年間、中国で吹き荒れた文化大革命もまた、我々の時代に起きた信じがたい狂乱、愚行と言ってよいものだが、自由主義圏に対して国を閉ざしていたといってもよい状態であった中国で一体、何が進行しているのかを我々が知ることはほとんどできず、精々、狂信的文革礼賛者の安藤彦太郎や菊池章典等の今考えればなんともバカバカしい程の中国、毛沢東礼賛プロパガンダ(アジ）をうるさく聞くだけであったが、「何やら、不気味で恐ろしい事態が進行しているらしい」という気配は感じるのみであった。

文革が終了し、�ｹ小平が改革解放を進めはじめた中国から、徐々に文革に対する反省、批判も聞こえはじめたものの、中国政府は未だに公式には文革批判をしておらず、その内に文革を知らない世代による現政権批判の隠れ蓑としての毛沢東礼賛が再び掲げられるようになってしまった。中国では多分、このままあの人類史における最大級の愚行に対する批判、反省はなされぬままに、文化大革命はあたかもそんなことは無かったかのように永遠に葬られそうな気配でもある。(文革礼賛の片棒を担いでいた朝日新聞が、しらんぷりを通しているのと同じように）

現代中国を代表する作家の一人である余華は、60年生まれ、文革がはじまった時には6歳、文革の狂乱の中で生育期の10年を過ごしたという体験を持つ。

彼の父は医者であり、祖父は中農であったということもあり余華の一家は自己批判を迫られ、父母はそのような狂乱の中で生きる為の術として積極的に自己批判を行なうという処世術を見せたが、そういう大人の事情を知らない余華と兄は、両親の本音も知らずに文革の少年尖兵としての日々を送ったという。

｢人民｣｢領袖｣｢山寨（シャンチャイ）｣など十のキーワードをテーマにしたこのエッセーは、余華の生きてきた現代中国の我々にとって不可思議な謎を解き明かしてくれる現代中国文明論といえるものだ。

その語り口は決して強い批判調のものではなく、又中国擁護的なものでもない。あくまでも文革期に幼年期を送り、矛盾に満ちた現代中国に生きる知識人、作家の目からみた赤裸々な中国論と言ってよいものだ。

文化大革命を始め、横行するパクリといわれるコピーの反乱、白を黒といいくるめて憚らない風潮等々、現代の中国が世界から顰蹙を買っていることがらを淡々ととりあげているだけに中国国内で発禁となっているというのは十分頷けるが、どうも余華自身、本書が国内発禁となるであろうことを十分予想していたようで、寧ろ中国外で読まれることを前提に書いている節がある。

そうであるならばこそ、尖閣問題や著作権問題などで「困った隣人」と思い、寧ろかかわりたくない！とさえ思っていながら無視して済ます訳にもいかない中国を知るために、多くの日本人が読む必要がある一冊と言えるかもしれない。