象　　　　　レイモンド・カーヴァー　　　　　中央公論新社

日本では、カーヴァーの作品はほとんど村上春樹訳として出版されているが、本書もその一冊だ。

巻末に村上春樹が38ページに及ぶ解題を書いておりそれによれば、本書はカーヴァーが生前に発表した短編集としては最後の物だという。

短編の名手として知られたカーヴァーだが、本書にも7編の短編が納められている。

最後の「使い走り」は死の床のチエホフと、自らの死を重ね合わせた心に残る作品だが、残りの6篇はいずれも離婚経験のあるアメリカ男の不安定な心理をテーマに、現代アメリカに生きる市井の人々の不安、人生の哀愁を描いたもので、なるほどさすがに村上春樹が惚れこんだ作家だけの名品だと思わせるものがある。

日本人とは違ってドライな家族関係、夫婦関係をはじめとする人間関係の中で暮らしているとなんとなく思っていた現代のアメリカ人が、実は日本人社会と同じ、あるいはそれ以上に濃密で中々抜けられない家族愛、夫婦愛ぬかるみのような人間関係の中で孤独を感じながら生きているということを、このカーヴァーの短編集で知り、アメリカ人を見る目が変わったように思う。