シナン（上下）　　　　　夢枕獏　　　　　　中央公論新社　　　　

トルコのエディルネにあるセリミエ・モスクは、世界最大のモスクというばかりではなく世界でもっとも美しいモスクといわれている。このモスクを建てたのが本書の主人公ミマール・シナンである。

シナンの生きた時代、オスマントルコはスレイマン大帝の治下、その領土は最大規模になった。この時代、ヨーロッパにはカール大帝、イギリスにはヘンリー8世、フランスにはフランソワ1世がいて世界の覇権を争っていたし、ルターの宗教改革などもあったまさに激動の時代であったのだが、シナンはキリスト教徒の家に生まれ、若き日にイスラムに改宗、トルコの精鋭部隊であるイェニチェリの見習い兵となった。

生涯に477のモスクを建てたが、その建築家としての主な仕事は彼が50歳になってからのものであり100歳で亡くなるまでに月に一つの割合で今もトルコ各地に残る優美で巨大なモスクを建てている。

夢枕獏のこの小説は、この冒険溢れる時代、我々に余りなじみのないオスマントルコ、イスラム世界を舞台に、いくつかの歴史的事実を題材にして夢あり、活劇あり、冒険あり、愛ありの物語を展開するという実に読み応えのあるものになっている。

スレイマン大帝がどのようにして王位につき、どのようにしてヨーロッパを震撼とさせるほどの大帝国を築いたか。帝国初期において、もっとも信頼をおいていた部下である大宰相イブラヒム、そして自分の最愛の息子を殺すに至ったのか、スレイマンの愛妾ロクセラーヌの宮廷における様々な陰謀−−−といった歴史的事実に、夢枕獏は様々なストーリーを加えていくのだが、そのストーリーテラーとしての手腕は、見事というしかない。

シナンとミケランジェロが邂逅し会話を交わす−−−などという事実はなかったと思うものの、あのサンマルコ寺院の天井画を描いたミケランジェロと世界一美しいモスクを作ったシナンとが会っていた―――としたら、まさにこういった会話がかわされたことだろうと思う。

イスタンブールにあるスレイマンモスクは、モスクを囲むモール街のような物だが、今も建立当時のままににぎわっており、モスクの壮麗さ（イズニックタイルのブルーがなんとも美しい）には息を呑んだものだ。

上下2巻で1000ページ余りの大作だが、一気に読んでしまった。