100年の難問はなぜ解けたのか　　　春日真人　　　　NHK出版　　　

100年前、数学の天才ポアンカレが提起したトポロジーの超難問「ポアンカレ予想」が、ロシアの謎に満ちた数学者ペレリマンによって解かれたという話題は、確かに世紀の大ニュースには違いないが、もしこのポアンカレ予想の解決に100万ドルの賞金が賭けられていなかったら、あるいは、この100万ドルの賞金をペレリマンが辞退（拒否といってもよい）しなかったらあれほどのニュースになっただろうか。ひょっとしたら数学界だけの話題で終わっていたかもしれない。

本書は、ポアンカレ予想解決への過程、そしてペレリマンという天才数学者の軌跡を追ったドキュメンタリー制作を行なった著者による番組の書籍化といえるもので、映像だけでは中々、分かり難かった数学（特にトポロジーという特異な幾何学）の問題をより良く知る手がかりになる。

そもそもポアンカレ予想とはどういう問題なのか、ペレリマンは一体どのような段階を経て解決に至ったのか、ペレリマンが使った様々な理論は、一体誰によって打ち立てられたのか、そしてその理論はどのような意味を持っていたのか―――数学は専門外である著者と取材スタッフの悪戦苦闘ぶりなども交えてのポアンカレ予想の話は、一つのサスペンス小説を読むような面白さがある。

ポアンカレ予想に取り付かれて破滅への道を歩んだ天才数学者、全く別の道へ進んでいった数学者など、多くの数学者が敗退していったこの問題を解決したペレリマンも、この難問に挑み続ける中で、青年時代の快活な性格を一変させて、世捨て人同然の人物になってしまったという事実は、数学という神の秘密を解き明かそうとする人間は、あのバベルの塔に挑戦して破滅していった人々と同じように、大きな代償を払わなければならないということなのだろうかとも思えてくる。

しかし、それでも、いやそれだからこそ、こういった難問に挑戦し続ける天才数学者達が、なんとも魅力的に思えてならない。