〈生命〉とは何だろうか　　　　岩崎秀雄　　　　　講談社　　

「いのち」とは何かという命題は、哲学でもあり、科学、あるいは芸術における命題でもあると著者は言う。

確かに生命こそが我々人類にとって最重要な疑問であると著者の見解には賛同するし、本書もそのような大きな命題を掲げた意欲作にもなりえたとは思うのだが−−−。

残念ながら合成生物学者である著者は、大きな命題が横たわっていることを終始主張しながらも新書という限られたスペースであることもあって、本質的な命の問題、すなわち哲学的、宗教的な意味合いでの「いのち」、あるいは自然と人間の営みの相互作用によって起きる、芸術面からみた「いのち」については、問題提起だけで終わりほとんど触れていない。

メインはやはり著者の研究分野である合成生物学の立場からみた「細胞を作る」「遺伝子操作によって新たな細胞を合成する」といった分野における「いのち」の問題に特化されている。

よく、言われるようにこれだけ進んだ科学技術をもった現在でも人間は、一個の細胞を作ることもできない。人間が遺伝子操作などの技術を駆使して、いまや「いのち」をいかようにも操作できるかのように思っているかもしれないが、それは単に、既成の車から改造車を作っているのに過ぎないのであり「いのち」を生み出している訳ではない。

しかし、今、その改造車たちはいつの間にか公道を時速200キロで暴走するようになっており、道路交通法（生命倫理に相当する）の改定もその改造スピードに追いついていないために言ってみれば無法改造車の疾走を誰も止められない状況になっているといえないだろうか。重大な事故の懸念はますばかりだ―――そう考えると、「生命とは何だろうか」というテーマの最重要な部分抜き（あるいは問題提起だけで終わって）で書かれた本書の読後感はどうしても不満だらけということになってしまうのだが−−−。

（13年2月発行）