戦後史の正体　　　　　　孫崎享　　　　　　　　　創玄社

自虐史観といわれる史観の弊害が言われる昨今、学校教育での日本史授業が近現代史をほとんど教えないことにその原因があるという批判が多い。戦前、戦中、戦後になにがあったのかを教えないからこそ中国や韓国に勝手なことを言われっぱなしになってしまうのだ！という訳である。

一方、歴史が定まるのには少なくとも50年、いや100年という期間が必要だということもいわれる。（サッチャー政権の評価が歴史的に定まるには、まだまだ時間がかかりそうだ――という一例をみてもたしかにそうも思える）そうなると、一方では必要といわれる「正しい戦後史」なるものは、今の時点では、ない物ねだりではないかとも思えるのだが――。

確かに、今戦中、戦後史といわれるものは様々なものがある（ありすぎる）。司馬遼太郎流の「明治の日本人は偉かったが、昭和の日本人はダメだった」という物、「日本は英米の圧力によって戦争に追い込まれ、戦後も憲法を押し付けられてがんじがらめにされている」といった物等々、実に百花繚乱である。

この、元外務官僚である著者の戦後史観も、そんな中の一つと考えてよいだろう。著者は、日本の戦後政治を、対米関係における自主派に対する米国をバックにした対米追随派の優勢によって成り立っているという。

著者の自主派と追随派の色分けは、巷間言われるものとちょっと違っているところがユニークだ。中でも岸信介を自主派、三木武夫を追随派に色分けているところは、「おや？」と思う人も多いのではないだろうか。良く読んでみると、その根拠は、著者自身の思い込み（？）の前提をもとに無理やりそういう仕分けをしたと思われるところが多い。

例えば、米国の了解なしで日中国交回復をはかった田中角栄は、対米自主派であり、その政界復帰を狙ってアメリカが陰謀的に仕掛けたのがロッキード事件であり、ロッキード事件で田中追い落としをはかった三木は対米追随派である―――といった具合だし、普天間移設問題で「少なくとも県外」と言った鳩山由紀夫は自主派であり、自主派として虎の尾を踏んだが故にアメリカの逆鱗に触れ退陣させられたのだ（鳩山は立派だ！）といった調子の「これが本当の戦後史なのだ！」といった論調で貫かれた本書は、多分、鳩山事務所のみならず、今の自民党政権に不快さを持つ人達にとっては歓迎される一冊だろう。（但し、岸をベタほめしている部分には困惑しているかもしれないが）自主派だったがために陰謀を仕掛けられたと、小沢一郎も被害者扱いしていることにも違和感がある。(小沢批判や鳩山批判は、著者によれば陰謀に組する輩か、騙された連中だという）

全編を貫く陰謀史観は、長年外務省でインテリジェンスを担当していたという著者が、身につけてしまったものなのだろうが、陰謀論者の宿命ともいえる思い込み、言いくるめ、が端々ににじみ出ており、今後50年経っても、著者の解釈が「正史」となる可能性は、ほぼゼロに近いと思う。