お伊勢参り　　　　　　　鎌田道隆　　　　　　中公新書　　

今年は伊勢神宮の20年に一度の式年遷宮の年にあたることもありお伊勢参りが例年にもまして賑わっているという。

自由に旅をすることができなかった江戸時代にも、伊勢参りだけは、その「巡礼」という表の理由もあって、誰もがお咎めなしで許される旅であった。

現代でもさまざまな社会規範の束縛、あるいは人間関係の束縛から一切離れ、自由になりたい、と思う人は多いだろうが、封建社会であった江戸時代の人々も、そういった思いは今以上に強かったであろう。

江戸時代、そういった日常を離れることのできる唯一の機会としてのお伊勢参りが盛んに行なわれた。

1300年の歴史を誇る伊勢神宮だが民衆が盛んにお伊勢参りをするようになったのは、江戸時代に入ってからだ。その形は様々であった。6歳の子供から、商家の小僧、長屋のおかみさんといった人々が、ある日突然、ふっと着の身着のままで伊勢を目指す旅に出てしまうという「抜け参り」、あるいは伊勢講といわれる寄合いをつくり、積み立てを重ねて数名、あるいは数十名の仲間で出かける、現代でいうならば積み立て団体旅行のような形式等、実に様々であった。

近世史研究家である著者は、この江戸期の伊勢参りの詳細を各地に残された様々な文献、日記などをもとに研究してきたという。

なにしろ、ある時突然、全国各地から突然、数百万といわれる人々が、伊勢を目指す旅に出て、伊勢を中心とした地域ではこれらの参宮者に食事や宿を提供するといった奉仕活動が行われたというのだから、実に奇妙で面白い社会現象といってよい。

本書の前半ではそういった江戸時代のお伊勢参りの実態が描かれているが（一体、どれ位の費用がかかったのかといった考察も実に興味深い）、後半部分は著者が長年、自らの研究室の学生たちとはじめた年一回の、奈良〜伊勢間の徒歩参宮実体験記だ。

終始徒歩での参宮がもはや不可能となった現代において、江戸の庶民のお伊勢参りを追体験しようと、草鞋や当時の旅装束を作りできるだけ当時の街道を使って歩こうとするのだが、街道の道筋でさえ今や大きく変わっており、もちろん宿や茶店といった設備もない。

そんな中で、25年以上、続けた著者達の徒歩参宮の旅は、その土地土地の人々との新しい参宮者と接待をする地元民という絆を築いていく―――中々、感動的でもある。