売れる作家の全技術　　　　　大沢在昌　　　　　角川書店

「プロの歌手になりたい」という子供は多いが親身になってその子を励まし、支援するのも、時には厳しい忠告をするのもやはりその子の親が一番ではないだろうか。

そういう親の中には、「この子には才能があるのではないか」と思いながらも、「プロへの道はそんなに甘いものではない」「デビューにこぎつけるだけでも何百人もの歌手志望の内のほんの一握りだし、そんな難関を潜り抜けた新人の中で2年後、3年後に残っているのはほんの数人、まして人気歌手になれるのは、5年か10年に一人だ」という厳然たる事実を子供にさとすのもやはり親だろうし、それこそが本当の親心というものかもしれない。

勿論、厳しい言葉をかけながらも「挑戦してみなければ、何事も叶わない！」というのも又事実−−−ということを知っているのも親であり、きっと夢と現実の間で心が揺れ動くのは、子供も親も一緒なのだが―――。

本書は、「プロのエンターテイメント作家になりたい！」という夢を抱き、実際にその道を目指して努力中といった人を含めた12人の「作家志望」を対象としたプロ作家である著者による「プロ養成講座」の講義録をもとに纏められたものであり、多くの「小説家入門」とか「文章作法」とは、一味も二味も違ったまさに「実践編」であり、プロ歌手を夢見る子供にその親が説く「この道の険しさガイド」といった趣の書である。

文章作法にふれた部分、題材やプロットの作り方の基本的な考え方と言ったハウツー部分は、作家を目指す人たちばかりではなく「よい文章を書きたい」という一般の人にも大いに参考になるが、本書の一番の目玉はやはり、「作家になることの厳しさ」「作家でありつづけることの厳しさ」などの現実を著者自身の経験に基づいて説いている部分であろう。

作家デビューを飾る為の方法としてベスト、いや寧ろこの手しかない！というのが、現在日本に300近くある新人賞を狙うことであり、しかも偏差値の高い(有名な)新人賞をとることだ！という。

しかも、新人賞をとったからといってそれで作家への道が拓ける訳ではなく、寧ろ新人賞受賞以降に次々と売れる作品をかきつづけなければあっという間に忘れられてしまう−−−といった、まさに「職業作家」の道の厳しさを説く部分などは、著者の作家の卵たちへの熱情が溢れている。

著者自身もデビュー以来、28作を出したがいずれも初版4000部止まりであり「永久初版本作家」と呼ばれていたという。一作を書くのに半年、初版4000部の印税が68万円、すなわち月10万円の収入しかなかったという生活に耐えてきたからこそ、今があるのだ−−−といった経験談は、多くの「夢見る作家の卵たち」にとっては、まさに親心的なアドバイスであるともいえよう。

本書はプロの作家達の間でも評判の一冊だという。作家希望ではない一般の読書人にとっても、華やかに見える作家達の世界の内実を教えてくれるという意味でおおいに参考になる一冊といえよう。