一四一七年、その一冊がすべてを変えた　　　S・グリーンブラッド　　　　柏書房　

15世紀に起きたヨーロッパルネサンスの精神は、中世社会を変えたというだけではなく、現代社会における科学、人文などのあらゆる分野における理論的な支柱となっている。

そういう意味では「ルネッサンスは凄い！」ということになるのだが、「暗黒の中世」といわれるほどに、非科学的、非人間的なキリスト教的な中世思想が人々のあらゆる思考、行動を支配し、束縛していた時代のはるか以前には、現代思想にも似た実に人間性豊かなギリシャ･ローマ哲学があったのだ。

例えば、この世のあらゆるものは人の目には見えないほど小さな原子が集まってできており、あらゆる物の根源である粒子の総数は増えも減りもしない―――まさに現代の素粒子論に相当する自然哲学が、紀元前50年頃、ギリシャの哲学者エピュキュロスの思想を継ぐ古代ローマの詩人ルクレティウスの哲学叙事詩『物の本質について』に書かれているのだ。

15世紀初頭、ルネサンス黎明期のイタリアで、ポッジョ・ブラッチョリーニという名の「ブックハンター」がこのルクレティウスの「物の本質について」の写本を、修道院の図書館から見つけ出し、それを正確に筆写した。

この筆写こそが、あのルネッサンスにおける豊かな人文科学、芸術、そして科学の発展の基礎となったというのである。

すなわち、今日我々の持つ思想全体が、ルネッサンスにおけるポッジョの写本を経由したエピキュロス・ルクレティウスを源泉とする哲学を元にしているということになる。

本書は、ポッジョとはいかなる人物であったのか、そして当時の因習的キリスト教哲学がこの本の影響を受けていかに変わっていったのかをはじめ、古代ギリシャ、ローマに至る現代哲学の淵源を探る旅でもあり、又、中世のローマ教会の大分裂、そしてローマ教会内で渦巻く陰謀、殺害、淫乱、強欲、脅迫、異端狩りと火刑などといった狂気の様を描いていて内容の濃い大作ながら一気に読ませる。

古代ギリシャで人類が到達した哲学の高みが、中世キリスト教社会において破壊されつくし、そしてルネッサンスで蘇り、現代に至っている―――という壮大な思想史は実に感銘深い。そう考えてみると、キリスト教が人類史に及ぼした被害の大きさに唖然とせざるをえない。

(12年12月発行)