数学小説確固たる曖昧さ　　　ハートシュ･シンバル　　　草思社

ガリレオは「神の言葉は数学で書かれている」と言ったという。自然の法則は、須らく数式で表されるはずだという彼の信念は、デカルトをはじめとする多くの哲学者、科学者に受け継がれ今も多くの科学者の考え方の基礎にあるといっても過言ではない。この世の「真」を、表現するには「数学」こそが、唯一の鍵なのだという訳だ。

「数学小説」という聞きなれないタイトルを持つ本書は、まさにこの「神の言葉」ともいわれる数学と、哲学の究極の問いである「真実とは何か」を上手く融合させた、目から鱗の、小説、且つ、数学（論理学を含む）の一冊である。

インドからアメリカに留学した主人公は、若き日の祖父がNY近郊の宗教色の強い街モリセットで、神を冒涜したとして涜神罪によって逮捕されたという事実を知る。

数学者だった祖父は数学的真理こそが唯一絶対の真理であるという信念を持つ、無神論者であり、この街で行なわれていた聖書研究の集会に通り合わせた際に、キリスト教の教えに対して侮蔑的は発言をしたというのだ。

ニューヨークのマスコミ、知識人の多くは、祖父の発言を「言論の自由」の範囲であると擁護、涜神罪などという時代遅れの法律の適用に対する非難の論調を強めるが、モリセットの住民、マスコミは「神の存在を否定した」彼を裁くべきだといきり立っており、両方に顔を立てなければならない州知事は、この事件を公判に持ち込むべきかどうかを、モリセット住民の尊敬を集める信仰心の厚い地方判事に委ねる。

無神論者である数学者と信仰心厚い判事は、それから数週間をかけて拘置所で面談を重ね「真理とはなにか」「神は存在するのか」を知的論議によって追及しようとする。

この小説は、この若き日の祖父の涜神事件の事実をしった孫である主人公がが、事件の記録を丹念に辿るというストーリーの中で再現される判事と数学者の真摯な議論という物語と、カリフォルニアの大学での主人公が友人や教授と繰り広げる哲学論議そして、数学の議論、特にピタゴラスやユークリッドから、ガウスやリーマン、カントールまで、古代から現代へ数学の歴史が辿った人生の真理を探究の物語を同時平行的に進めるという中々手の込んだ仕掛けになっている。

無限についてのカントールやリーマンの思考過程などは、多くの数学解説書で読みながらも今一つ（あるいは今二つも三つも）理解できないでいる数学素人にとって、この小説は、物語という異なった手法をつかうことで、かなり分かり易く説いてくれる。

果たして「絶対的真理」というものが存在するのか、存在するとしたらそれは人間が知ることのできる範囲の中にあるのか――――といった新たな問題提起をも投げかける、近年まれにみるほど面白い小説だった。