医療にたかるな　　　　　村上智彦　　　　　　新潮社　　

早くから北海道での地域医療に尽力し、05年には財政破綻した夕張市の市民病院の再編再生の責任者として自ら乗り込んだ現役医師である著者による本書は、タイトルからも明らかなように、日本の医療、医療制度に対する怒りの書、改革の為の提言の書であるが、著者の怒りは医療に対するものに限定されている訳ではない。

著者は、夕張の財政破綻、医療の崩壊を招いた原因は、日本中、そしてあらゆる公的な仕組みに当てはまる根本的な欠陥によるものだという。

すなわち、それは例えば、自助努力もせずに、みずからを「弱者」と位置づけ行政やシステムにたかり続ける住民、「弱者救済」という御旗を掲げながら、高給にしがみつく行政職員や組合、自らの懐が痛む訳ではないからと「弱者の味方」のフリをすることで財政破綻を止めようとしない議員、そして「市民や弱者は常に被害者」だというワンパターンの報道姿勢をとり続け、その為には時には、住民を弱者に仕立て上げ事件をでっち上げていく、マスコミに対する著者の怒りとして本書に、次から次へと述べられていく。

実行はともなわないのに、批判、非難だけはするといった評論家的立場ではなく、実際にどうしようもなく荒廃した現場で、先頭に立って改革を行い、人々の意識変革を実地に手がけてきた著者だけに、その歯に衣着せぬ怒りの舌鋒には、抜群の説得力がある。

不摂生故に体を壊したにも係わらず、高額医療費を湯水のように（医療保険から）使って恬として恥じないだけではなく、「もっと、もっと」と要求する高齢者やその家族、ムダな薬を出せば出すほどもうかるからと、病状に関係ない検査を繰り返し、薬を出し続ける医療関係者、そして医師不足で受け入れ体制もない病院が、救急車の受け入れを断ったことを（しかも、応急処置が必要と判断されていないケースにもかかわらず）、非難しつづけるマスコミの捏造、そして医療側の事情も聞かず、「謝罪会見」をする行政責任者等々、現場で苦労を続ける著者ならずとも「もう、やっていられない！」と思うようなことばかりが、日常的に行なわれている。夕張は破綻すべくして破綻したことを、著者は本書で忌憚なく語っている。「夕張市民は可哀想！」と思っている多くの読者も、本書を読めば、なぜ夕張がここまで追い詰められたのかを十分理解することができるだろう。（破綻後、8年、夕張市の職員数は全国平均を未だに上回っているし、職員給与も又破綻以前の高給レベルにもどりつつあるという）

夕張市の財政と医療の破綻は、早晩、日本各地で起きる可能性があるという著者の警鐘は、おおいにうなずけるところだ。弱者のふりをした「たかり屋」ともいえる患者を「患者さん」と呼んで客扱いするようになった時点で、日本の医療は何か間違った方向に歩みだしてしまったような気もする。