ドリアン グレイの肖像　　　　オスカー･ワイルド　　光文社　　　

オスカー･ワイルドが生まれたのは1856年、日本ではまだ幕末という時代であり、彼の唯一の長編小説であるこの「ドリアン・グレイの肖像」が書かれたのが彼の36歳の時、死の10年ほど前、明治中期であるということを考えると、当時の英国文学のレベルの豊かさとワイルドの時代に先駆けた天賦の才能に驚嘆せざるを得ない。

今の小説から考えれば、ちょっと大時代的過ぎる、幻想小説、怪奇小説―――といえなくもないが、世界に冠たる当時の大英帝国の貴族社会の虚栄と退廃に満ちた雰囲気は、まさにこういった形の小説だからこそ今に伝えることができ、しかも今の読者にもむしろ斬新な小説として訴えるものがあるのではないだろうか。

オスカー・ワイルド自身、当時禁じられていた同性愛者であり、この「ドリアン・グレイの肖像」を発表後には実際、同性愛者として逮捕され実刑判決を受け、以後、病と貧困、失意と恥辱の中で家族との再会もならぬままパリで客死したことを知るならば、この小説の中で描かれるドリアン・グレイという美青年、そしてそのドリアンに魅了されその肖像画を描く画家バジル、バジルの知人であり悪魔的で逆説に満ちた言辞を吐く快楽主義者ヘンリー卿の三人の間の微妙な同性愛的な関係や、ナルシストであるドリアンならではの美への飽くなき憧憬が見事に描かれている。

求めても手に入れることのできない永遠の美への欲求や憧憬が、人をいかに醜い者に変えていくのかという皮肉な事実、愛も美もそして悪徳さえも、何一つとして永遠には存在しない、というこの小説に込められたワイルドの芸術観、人生哲学がすっきりと理解できるし、共感する現代の読者も多いのではないだろうか。

又、この小説には彼の代表作である「サロメ」や、こども向けの短編「幸せの王子」に描かれた世界と同一の快楽主義と耽美主義の間で揺れる彼の価値観が表現されているようにも思う。

19世紀に描かれた名作としていつまでも記憶されつづける一冊といってよい。