オーケストラの音楽史　　　　パウル・ベッカー　　　　　白水社　　

西洋音楽史の名著といわれる「西洋音楽史」の著者が、1936年に著した本書は、西洋古典音楽の代表といえるオーケストラそのものの変遷、そしてオーケストラ音楽の歴史を語るもう一冊の名著と言ってよいのではないだろうか。

グレゴリオ聖歌などの「歌」を主役として発展してきた西洋音楽が、18世紀後半、「交響曲の父」といわれるハイドンによって器楽へと大きく発展し、モーツアルト、ベートーベン、ブラームス等々によって様々な形に発展していったドラマが、著者の研ぎ澄まされた鑑賞力によって見事に描かれている。

それぞれの時代、作曲家の特徴、特質を捉えた的確な表現は、読んでいるだけで、それぞれの曲が頭に浮かんでくるほどに豊かだ。

1936年に書かれたという時代背景から、当時まだあまり知られていなかったマーラーを高く評価している点、新進気鋭の新しいジャンルの作曲家であったストラビンスキーへの高評価、といった点も含めて、ベッカーの音楽批評が、今もクラシック音楽批評の基準点になっていることを痛感させられる。

本書で、ベッカーは、オーケストラ音楽が、遂に極めるところを極めきってしまい、もうこれ以上の発展の余地はなく、これからは過去の蓄積で食っていくしかないのではないか、という危機感（ある意味では満足感）を述べているが、本書から80年近く経った現在、本当に彼が言ったとおりになってしまっている西洋音楽事情を思うと、やはり一抹の寂しさはある。

もっとも、印象派の絵画も、モダンジャズも、行き着くところまで行ってしまい、もはや過去の模倣でしかなくなっている現状を思えば、これからは全く新しい芸術の誕生を待つしかないのかなぁ〜とも思うが。