チューリングの大聖堂　　　　ジョージ・ダイソン　　　早川書房　　1

人類文明にとってのビッグバン的な出来事といえば、例えば石器の使用、あるいは言葉や文字の発達といった事柄が挙げられるのだろうが、現代社会にとってのビッグバンといえば、それは現在のデジタル世界が始まったことに尽きるのではないだろうか。

今や我々の日常の隅々にまで行き渡り、我々人類を支配しているとすら言えるほどのこのデジタル技術だが、その論理的な端緒は17世紀のライプニッツにあるとは言われるものの、実質的にはあの天才数学者にして悲劇的な死を迎えたアラン･チューリングの構想したチューリング・マシンに行き着く。

しかし、このチューリング・マシンの構想は今からわずか60年程前のことでしかない。このわずか60年程の間に世界はそれまでのものとはすっかり違うものになってしまったといえる。

現代のデジタル世界がチューリングの構想によって始まったという知識はあったし、本書のタイトルもチューリングを挙げているので、てっきりチューリングを中心にしたデジタル世界誕生物語のような一冊ではないかと思って手にとったのだが、その予想は完全に外れた。

勿論、本書ではゲーデル、チューリングあるいはアインシュタインやオッペンハイマー等への言及もあるものの、それはほんの一部に過ぎず、大半は実際に現代のデジタル世界の核である「プログラム内蔵型コンピュータ」を現実のマシンとして実現させた万能の科学者フォン・ノイマンと、彼のその研究を可能にしたプリンストンの高等研究所を中心とするコンピュータ誕生物語である。

現代社会におけるビッグバンを語るという意味では当然、約600ページもの大著にならざるを得ないところではあるが、いささか残念なのは、著者の知識、情報量が多すぎる所為なのか、デジタル革命誕生論という本筋から離れすぎた話題が多すぎて、又、時系列的な面から話が相前後する部分も多く。いささか冗長な感じがするところだろうか。

それにしても、チューリングはよく知られているものの、本書に出てくるフォン･ノイマンをはじめデジタル革命創成期の功労者たちがそれほど有名ではないのはなぜなのだろうかとちょっと不思議だ。