天皇さんの涙　　　　　　　阿川宏之　　　　　文芸春秋　　

大正9年の生まれである著者は今年93歳、急逝した司馬遼太郎の後を継いで文芸春秋の巻頭コラムを平成20年迄の13年間書き続けた。老齢によりこのコラム執筆を終えるまでの最後の約4年分の中から40回分が納められている。

著者は亡き父と、広島の高校で同級生であったこともあり、その思想信条には大分違いもあるものの、この時代に生きた父達世代の歩んだ道、考え方、がどのようなものであったのかを知る意味では、なんだか父に聞きそびれてしまった話をあらためて聞くような気がして、随分と懐かしい気がした。

北京五輪の入場行進で日の丸と五星紅旗の両方を振る日本選手団に、悲憤慷慨し、あるいはじゃこ飯を食べる時に、一体何匹のじゃこの命を奪っているのだろうかと、生き物の命に対する慈しみを感じる等々、この巻頭コラムの守備範囲の広さは、やはり大正世代の知性、感性の豊かさによるものだろうと感心させられる。

大正生まれであった父母の世代が、今の我々の世代よりも、数段、優れていたのではないかということをつくづく感じさせられた。