子犬に脳を盗まれた　　　　ジョン･フランクリン　　　青土社　

著者はサイエンスライターである。著者自身がいうように、サイエンスライターは科学者とは違うから科学に対するアプローチ（というか好奇心のもち方）や、結論に導く思考過程は随分違って当然だ。（サイエンスライターは一般人同様、あたえられたデータに想像とか推論といった科学者は余り使わない方法をつかうのも自由だ）

著者自身の約10年間に亘る個人生活と、その中で持ち続けてきた興味（人間はいつから人間になったのか、狼はいつから犬になったのか）をテーマにエッセー風に綴られた本書は、サイエンスと著者の情感という一見ミスマッチなものを見事に美しい物語にしているといえる。

類人猿あるいは原人と我々「人間」との違いは脳の容量である、といわれてきた。人類は徐々に脳の容積を増やしてきたことによって、知性を発達させ「人間」になってきたという説だ。しかし、人類はそれ以前の人類に比べて1万2千年ほど前に突然、脳の容量を約10％減らしたという事実が90年代に発見される。一方、狼を祖先とする犬も狼に比べるとその脳の容量は約20％小さくなっている。

この人間と犬の脳容量がともにほぼ同時期に減ったのは、人間と犬が共に暮し始めた時期と重なるではないか。犬と人間はお互いが、協力しあうことで互いの負担を減らし、その分、脳の容量が減ったのではないか―――というのがサイエンスライター（科学者ではない！）である著者の自由発想であり、そんな思いに至る著者自身の愛犬との思い出の日々、ライターとしての科学者達との対話が、中々美しい文章で綴られている。

犬と人間はお互いが相手との共生によって進化をしてきたのではないかという大胆な仮説は、犬好きの人にとっても、いや他のペット好きにとっても興味を引くことはまちがいない。（そうか！だから自分は犬好きなのか！と納得が行く人もおおかろう）

尚、読了後、少しネットで調べてみたところでは、確かに現代人の脳の容量は近年も減少気味らしい。但し、その原因は定かではないが、人が類人猿とは違って大規模な社会生活を営むようになり、それぞれの個体が生きるためにフルに脳を使う必要がなくなった為に、それほど大きな脳が必要なくなってきたのではないかという説、脳の容量は少ないながらも性能は以前よりよくなっており即ち人間の脳が更に省エネという進化を遂げているから、という説など幾つかあるようだ。

現時点では、著者のいう「犬と人間の共進化」という仮説も、十分説得性をもっているようだ。