我が若き日　　　　新島襄　 　　　毎日ワンズ　　

NHKが大河ドラマ「八重の桜」で主人公として取り上げる以前、新島八重の名を知る人はほとんどいなかったと言ってよい。それまでは、「同志社の創立者、新島襄の妻」と説明されなければ誰も知らなかった人物ではないだろうか。

今や、「八重さんの2番目の夫」という程度の知名度になってしまった（？）新島襄であるが、もちろん近年迄はやはり「日本で最初のキリスト教系大学の創設者」として著名な人物であり、慶応の創設者福沢諭吉ほどではないものの、やはり明治期の思想家、教育者として特に関西では超有名人と言ってもよい人物である。

新島襄は幕末期、安中藩板倉家の家士の家の長男として生まれた。若い内から反骨、自由の気概が強く、藩主に対しても反抗の態度を改めないなどの問題を起こしていたが、幕末の気風の影響を強く受け、当時の国禁を犯して自由を求めてアメリカに脱出した。

本書は副題に「決死の日本脱出記」とあるように、新島襄自身が書き残した襄の若き日の安中藩における鬱積する思いの数々、ついには藩を抜けて江戸湾から函館に北上し、函館のロシア司祭ニコライの家に日本語家庭教師として住み、ポーター商会の卯之吉と出会い、遂にアメリカ船で密航の船出をするに至る日々、航海記などを核に、アメリカ船の船長、そしてボストンの名士ハーディー夫妻がなどの好意により約10年のアメリカ留学生活を送った日々が描かれている。

又、新島八重をはじめ、同志社での教え子であった徳富蘇峰などの証言、書き残した資料などをもとに、日本帰国以降、46歳で亡くなるまでの彼の実にドラマッチックな一生が描かれている。

幕末維新の激動期、維新の志士達とは極めて異なった軌跡を歩んだ偉人としての新島襄を知る上では誠に貴重な一冊と言ってよい。

新島襄に背く形で同志社を中退しながらも生涯、新島人生を敬愛し続けた徳富蘇峰が齢90歳を過ぎて、新島襄について語った講演録には、蘇峰の敬愛一辺倒ではなく、批判をも含んだ真の愛情が溢れていて特に印象に残る資料であると思う。（蘇峰が、新島の対米期間が10年と長かったことに言及し、福沢のようにもっと早く日本に戻り、日本を改革すべきであったのではないか、と語っている部分などは、今も福沢に比べればその知名度、影響力において新島がいささか劣る理由であると思われるだけに大いに納得がいった）