脳のなかの天使　　　V・S・ラマチャンドラン　　　　角川書店

宇宙の成り立ち、その全体構造に関する謎が次々と明らかにされているが、それでも人類が解いた謎は宇宙全体の謎のほんの一部にしか過ぎない。宇宙よりも遥かに身近にある我々の脳の謎はそれ以上に「もっと分かっていない」というのが現実だろう。

人の思考や行動、いや感情さえも脳の働きによって起きているということは解明されつつあるものの、それが一体、どういう仕組みで、どういうアルゴリズムで起きているのか―――となると、まったく分かっていないといってよいのではないだろうか。

同じ祖先をもつ我々人類とチンパンジー、オランウータンとは一体何が違って道具や言葉を使うという能力の差が出来ているのか―――遺伝子的には大きな違いがないはずの原人と我々の間にある文化的な決定的な違いは一体、どんな原因に基づくのだろうか―――。

本書はベストセラーとなった「脳の中の幽霊」の著者によるその続編ともいえる1冊だ。

ラマチャンドランは脳科学における恐らく今世紀最大の発見かもしれないといわれるミラーニューロンの研究で著名だが、前著でも幻肢、カプグラ症候群、自閉症などの精神疾患と、このミラーニューロンとの関係を大胆な仮説を交えて論じていたが、本書においてもミラーニューロンの発達が、人類が芸術や言語といった他の霊長類と著しく異なった能力を身につけたのではないかという説を展開している。

人類が言語を持つようになったのはわずかに数十万年前のことであるという。それまで、何百万年もの進化の過程を歩んできた霊長類がなぜある時突然言語を持つにいたったのか。

進化は漸進的に起こると考えた場合、この突然のような言語の発達は中々説明がつきにくいことは確かで、著者のミラーニューロンの発達による言語の突然変異とも思える発達―――という仮説は、著者の見事な論理構成もあって大いに説得力がある。

但し、このミラーニューロン説、今の所、明確な証拠が見つかっている訳ではなく、そんなこともあって必ずしも学界で公認された説という訳ではないようだ。

脳科学という未知の世界だけに、本書のような謎の「探検記」的な研究は素人にもおおいに楽しめる。