卍とハーケンクロイツ　　　　中垣顕實　　　　　現代書館　

日本の地図では神社は鳥居のマーク、寺は卍で表されるが、この卍はナチスのマークである「鉤十字」と向きが逆になっているだけである。

ホローコーストというナチによる悪行の象徴でもある鉤十字（ハーケンクロイツ）は、ネオナチやヘイトクライムの象徴として今も壁の落書きなどに描かれ、多くの人々に憎まれているが、それとそっくりのマークが日本の地図では堂々と使われていてもよいのか―――国際的には問題にならないのか――といった疑問を持つ人もいるのではないだろうか。(実際にポケモンのあるキャラクターがつけている卍マークは、日本以外では別のマークに変えられて発売されている)

NY在住の僧侶である著者は、卍は既に数千年の歴史をもつ仏教における幸運、吉祥のシンボルであり、ナチスがこの鉤十字を使用するまでは西洋においても（スワスティカ）と呼ばれる聖なるシンボルが、今や悪のシンボルとされるに至ったのには、実はホローコーストそのものが背後にキリスト教徒によるユダヤ人抹殺という動きが根本にあったという事実を覆い隠すための陰謀が働いているのだという説を展開する。

仏教僧侶であるからという動機で始められたのであろう著者によるスワスティカと鉤十字の研究は、そのどちらかというとシンプルな動機を越えて、ユダヤとキリスト教の2000年に亘る戦いの歴史、そして西欧社会における白人至上主義の根深さといった歴史的構造にまで分け入っていく。

全く気付かないでいた、卍の東洋のみならず世界史的、文化的な意味合いへの探究の旅は、壮大なミステリー的な面白さを持っている。