最後の晩餐の真実　　　　C・J・ハンフリーズ　　　太田出版　　

幾度かイスラエルを訪れイエス・キリスト関連の史跡などを旅したことがある。

ガリラヤ湖、山上の垂訓の丘、ナザレ、ベツレヘム、ゴルゴダの丘、ゲッセマネー庭園等々であるが、イエスが生きていたといわれる2000年後にその場所に立って、そして様々なイエスの逸話を聞くと、イエスという男は間違いなく2000年前にこの地にいたであろうと実感することができる。

神の子であるとか、処女から生まれた、死後復活したといった話は全く信用できないが、いまでも時々出現する新興宗教教祖様のような、神がかり気味の男が間違いなく2000年前にあのイスラエルの地に生きていたにちがいないと思えるのだ。

聖書研究家であり物理学者である著者が本書で徹底的にこだわったのは、聖書に述べられているイエスの最後の日々、最後の晩餐からユダによる密告、ピラトーによる裁判を経て磔刑に至る記述が、後の世の人々による創作ではなく、実際に起きた事実なのかどうかの科学的論証である。

聖書にはイエスは金曜日の午後3時頃、十字架で死んだと述べられている。それでは最後の晩餐は何曜日に行なわれ、キリストの捕縛と尋問、裁判はその何日前の何時だったのか。そもそも、キリストの磔刑は西暦何年の何月、何日だったのか―――。

聖書そのものに述べられながら、様々に矛盾をはらむこの時系列の流れを、著者は、当時の天文学や暦を活用し、又、2000年前の天文地理のシミュレーションなどの科学的な鍵を駆使することによって、実にすっきりと解決していく。

「イエスは西暦33年4月3日の金曜日3時頃十字架の上で死に、最後の晩餐はその2日前の夜であった」という著者の結論に至る論証は、実に完璧なものである。

聖書に書かれたイエスの磔刑に至る一連の記述は、事実であった！という結論は、これだけ完璧な論証をされると否定しようもないとも思えてくる。もちろんこの著者の結論が、「イエスが神の子である」とか「死後復活した」といったオカルト話の論証には全くならないことはいうまでもない。

イエスという神がかりした男が2000年ほど前に実際にかの地に生きていて、磔刑に処せられたということは、恐らく事実だっただろうという論証は、かつて自分がイスラエルの地で感じた実感と符号するだけに納得が行くが、この事実を勝手に演繹して「ほら、やっぱりイエスは神の子だというのは間違いないではないか！」などと言い出す狂信者達がでてきはしないかとちょっと嫌な感じはするが−−−。