小説 日米戦争　　　　　　佐藤優　　　　　　　K&Kプレス　

大正9年というから今から93年前、そして太平洋戦争開戦の20年前の日本国内には「いつの日か日米は戦わざるを得なくなる！」という気運が既に高まりつつあった。

本書はそんな大正9年に、樋口麗陽という空想科学小説家が書いた「小説　日米開戦未来記」を、あの「元外交官」佐藤優が現代語に翻訳、改編したもので、後半には佐藤優による現代日本と大正9年当時の日本との対比を含めた「解題」から構成されている。

今も、「日米もし戦わば」をはじめ、日中、日韓戦を想定した読物が刊行されることがあり、それなりに話題を集めるが、大正時代にもそういった風潮があったということに驚かされる。

この樋口麗陽のSF小説（当時でいうなら空想小説？）が、面白いのは、日米戦の顛末がその20年後に実際に起きた太平洋戦争の経緯とあまりにも共通点が多いことだ。樋口麗陽の「空想」が、まったくの荒唐無稽なものという訳ではなく、かなり現実的な条件に基づく「シュミレーション」であったということなのだろうか。(手塚治虫の「鉄腕アトム」の中には、当時は全くの夢物語と思われたのに既に実現している物が多いのと似ている）

日米戦の火蓋は実際と同じハワイで切って落とされる。米太平洋艦隊と日本の連合艦隊がハワイ争奪で激突するが、戦争の経緯は、アメリカの圧倒的な物量と最先端兵器によって日本の連合艦隊が全滅、米艦隊は日本本土に一気に襲い掛かってくる―――というのだから実際の日米太平洋戦争の経緯とほぼ同じだ。

「アメリカ相手に日本が負ける訳がない！」などという根拠のない自信にあふれていた当時の日本の大衆向け小説ならば「日本軍が勝った！」という設定にしておいたほうが、喝采は浴びたであろうに、その逆で、冷水を浴びせるようなストーリーになっているというところがなんとも面白い。（20年後に実際に起きた日米戦の経過を予告するようなストーリーになっているのだから−−−）

佐藤優は解題において、当時の日本人のムードと現在の無思慮な感情的な反米論との共通点を挙げ、警鐘を鳴らしていて、こういった国際政治感覚には、さすがに嘗ての外務省のラスプーチンといわれた怪物振りがうかがえておもしろい。

作中に出てくる空中魚雷は、ミサイルとなって実現しているし、現代のサイバー戦争を思い起こさせるような兵器が登場するなど、この樋口麗陽という作家の先見性にあらためて舌を巻いた。