漂う　　　　　　黒井千次　　　　　　毎日新聞社　　

昭和7年生まれというから今年81歳になる老作家が一章1500字程度で綴った「思い出の地」再訪記だ。

昭和7年生まれであるということから、学童疎開経験者であり、旧制中学に通っていた時には、自転車で疾走して爆撃を逃れ、玉蜀黍畑に飛びこんだという経験もした。父親が司法関係であった為に幼い時から父親の転勤に従って多くの地を転々とした、といった自らの80年間の思い出の中の土地の記憶が、しっとりとした文章でつづられており美しい。

この作家の作品では、「高く手を振る日」が老人の淡い恋を描いて中々感動的だったが、まさに「老人作家」という新しいジャンルの担い手、といったところだろうか。

黒井千次は、我が高校の先輩であるとか、サラリーマン経験があるといった共通点、又、彼の方がかなり年上とは言え、「老人」の部類に既に入ってきた自分にとっては、なんとなく親近感の持てるところがあるだけに本書のしっとりとした内容には、大いに心打たれるものがあった。

この人の作品はもう少し読んでみたくなった。