野生の知能　　　ルイーズ・バレット　　　　　インターシフト　　

「生物進化の最高到達点は我々人類である」無意識の内にそんな思い込みをしていないだろうか。即ち、我々が他の生物を見る時、我々にあって彼等にない物を基点にして彼等を不完全な生物としてみてはいないだろうか。

他の生物、例えば、我々にもっとも近いといわれるチンパンジーになくて我々にある物の代表例は言語、道具を使う能力、集団生活を営む能力などに代表される「高度な脳の働き」であるが、その違いがあることをもって「チンパンジーは人間のなりそこない、もしくは未発達段階」だとみてしまいがちだ。

しかし、例えば彼らの樹上生活能力、腕力、個体で生きていけるサバイバル能力等々を基準に考えれば、人間こそがチンパンジーになり損ねた霊長類、といえるかもしれない。

本書はそういった「人類至上主義」的な思い込みの過ちを、脳科学、認知科学、動物行動学的に再考した面白い視点からの脳科学の一冊である。

多くの章で繰り返し述べられるのは、我々が他の動物を見る際にそういった思い込みから陥りがちな「擬人化」の過ちについてだ。

ペットの犬の目を見て、そこにあたかも家族の一員であるかのような「愛の眼差し」を感じてしまうとか、ねこじゃらしを追う子猫をみればあたかもその子猫が「一緒に遊ぼうよ！」と誘っているかのように思うといったことは日常茶飯にある。しかし、子犬は、そして子猫は、彼等の生存の為の本能によって餌をくれる相手を見ているのかもしれないし、ハンティング能力の訓練の為にねこじゃらしを追っているだけなのかもしれない−−−。

著者はケアシハエトリが大きな獲物を狙う際に、脳がなくてもあたかも大きな脳があり高度な知能があるかのように実に複雑な行動をとるメカニズムの研究などから、説き起こすことによって、人間が陥り易い擬人化問題を回避し、生物の認知の問題に迫っていく。

いままでの動物認知研究の常識からは随分と離れた中々斬新な理論が唱えられており、生物の生存の為の能力がなにも「知能」だけではなく、実に複雑なメカニズムによって研ぎ澄まされてきたという進化の流れを教えてくれる知的興奮を覚える一冊である。