考えるよろこび　　　　　江藤淳　　　　　　講談社　

1968年から69年に江藤淳が行なった6つの講演を集めたものだ。

文芸評論家としてばかりではなく政治評論家としても活躍した著者の講演だけにその内容は、バラエティーに富むが、驚くのは、いずれの講演もその時代を背景にした題材でありながら、半世紀経った今、読んでも全く古さを感じさせないどころか、今の時代にもぴったりの内容になっているということだ。

6つの講演の中でも、その2つが勝海舟を中心にした「国家論」である。

勝といえば、西郷との談判の場面、江戸城無血開城の功労者といった程度の理解、慶喜の切腹を迫る倒幕軍を説得し慶喜の命を救った「忠義の臣」といった見方が専らだが、江藤淳はそのような事象として現れた勝の行動原理は、実はもっともっと深遠な「公」の精神、当時の国際政治の中で守り抜こうとした「国家としての日本」に対する思いがあったのだと説く。

江藤淳の碩学振りは実に驚くばかりだが、その知見の豊かさに裏打ちされた彼の信念も又、彼が説く勝海舟のそれと双璧を為すものだと思う。

勝が江戸に迫る官軍の西郷に江戸城無血開城を迫ったその気迫の裏には、最後の一兵にいたるまで徹底的に戦うという気概があったからだと説くことで、当時(68年当時)戦い抜くという気概もなくただ「平和」を叫んでいるだけの「平和勢力」に喝をいれている下りなどは、あれから50年経った今の世の中にも、全く変わりなく有効だと思う。

江藤淳が自死してから15年近くが経つ。実に惜しい論客を失ったものだ。