脳に刻まれたモラルの起源　　　　金井良太　　　　　岩波書店

天文学のように数学の数式でその謎がいずれ解明されるだろうと科学者が信じていたのは、ほんの少し前までは自然科学部門だけであったように思うが、最近はとみにかつては文科系といわれた分野までもがデカルト流に科学で解明できるのではないかといわれるようになってきている。

例えば、「心」の問題にしてみても、脳科学が発達してくるといずれは、脳のどういう働きがどうなれば「心」が生まれるのかは解明できる、すなわち自然科学でいう数式のように、「心のアルゴリズム」が論文になって発表されるだろう、といった楽観論さえ聞かれるようになってきている。

そういう折だけに本書のタイトルには引き込まれて、早速手にとってみた。

人がもつモラルといわれる物、例えば「人を殺してはいけない」「人を殺すことは悪いことだ」というモラルは、一体どこから出てきたものなのか。動物的な本能のようでもあるが、他の野獣が人のもっているような「モラル」をもっているとはおもえないし−−−「脳に刻まれた−−」とは一体どういうことなのだろうか、という訳だ。

本書の内容は、かならずしもタイトルの内容通りという訳ではないが、今までは「神」だとか「心」といった、「アルゴリズムでは書けないだろうし、論文に書けるようにはなるまい」と諦めていたものも、随分と論文化（？）に近づいているのでは？と思わせるには十分だ。

各章ごとに取り上げる内容はバラエティーがある。モラルの基準が、たとえば5人を救う為に1人を殺すことになる場合には、どのように人間の判断を左右するか、人が他人に感じる共感とホルモンの関係、道徳的な振る舞いは多分に「他人の評判」に左右されるのではないか、等々大分タイトルとは離れてくるようには思うが、いずれも実に興味深い「脳」に関する話題である。