仲間とかかわる心の進化　  　　　平田聡　　    　　岩波書店　　

「心」をもつのは人類だけだろうか。

例えば、チンパンジーがわが子を可愛がっているように見えるのは「愛情」といわれる心なのか、それとも「動物的本能」に過ぎないのだろうか。

類人猿研究所において人類にもっとも近いといわれるチンパンジーの観察を続ける中での著者の研究は、チンパンジーにも「仲間と協力する」あるいは「仲間をあざむく」という「心」に基づく行動があるのか、あるとしたらそれは人類における「助け合おうとする心」「出し抜いてやろうという心」と同種のものなのだろうか−−−？を通じて人類は一体どうやって「心」を持つに至ったかを探究するという目的の下に行なわれてきた。

チンパンジーの観察といっても、野生と飼育下という違いが当然あるだろうし、観察結果の解釈が間違いないといえるのかどうか、といった点にかなり疑問も残る。そういういみでは、本書はあくまでも人工飼育中のチンパンジーの「観察記録」に過ぎないし、ここから「心」についての結論的なものを引き出すのには相当無理があるようにも思う。

すなわち、人間の「心」と同じものがあるかのような動きをチンパンジーが見せたからといって、それが本当に、チンパンジーの「心」に基づくと判断してよいのか、といった点も、何せ物言わぬチンパンジー相手となるとどうしても鵜呑みにはできないような気がしないではないし、「心」と見まごうような反応をみせたとしても、結局それはチンパンジーの「本能的反応」とはどう違うのかという疑問はどうしても残るだろうから−−−。

やはり、心とは何かを動物行動から類推することは極めて困難といわざるを得ないのではないだろうか。

但し、後半で述べられている、チンパンジーの社会的知性は、年長者や他の子どもとのつきあいの中で経験と学習によって育っていく、すなわち親や仲間と離れて育ったチンパンジーには社会的知性は育たない、という観察記録は、「ひきこもり」の増加が、将来の人類社会にどのように影響してくるのだろうか？といった疑問にもつながり中々興味深かった。