炭素文明論　　　　　佐藤健太郎　　 　　　新潮社　　

広い宇宙のどこかには、地球以外にも「生命」が存在するだろうか。

可能性を探る中で生命存在の必須条件が様々に語られている。まず欠かせないのは液体としての水の存在だが、もう一つの必須条件として挙げられるのは「有機物」が存在するかどうかだ。

有機物とはすなわち炭素を含む化合物のことである。ちなみに我々人類という生命体も炭素化合物によってできているといっても過言ではな。

我々の体を構成する要素の約60％は水、18％が炭素であることからも、生命体にとって炭素はいかに重要な元素であるかが分かるが、その炭素も実は地表には重量比でわずか0/08%しか存在していないきわめて希少な元素なのだ。本書はそんな書き出しから始まる非常にユニークな文明論である。

炭素が、生命の基礎元素であるのだから、人類の歴史、文明や日々の営みに至るまで炭素という視点に立ってすべて俯瞰することができる−−−という著者の主張は、なんだか随分と突拍子もなく思ったが、読み進める内に、「なるほど！」と、目からウロコの思いがしたのは、著者の幅広い碩学振りから繰り出される、わかりやすい科学論、文明論が一見とっつき難い「化学」や「文明論」を、あたかも冒険小説であるかのようにワクワクする物語になっているからだ。

確かに、人類史、文明史は炭素を巡って展開してきた。例えば、人類は原始の時代、狩猟によって食料としての炭素化合物の確保によって生命を繋いできた。その後、今度は、貯蔵可能な食料としてのデンプンという有機物を得るために農耕をはじめ、次に、農耕がはじまったことにより社会が大規模化し、さらには、あるいは砂糖、ニコチン、カフェイン、エタノール（要するに酒）などの、炭素化合物によって、社会は発展させ、複雑化を遂げてきた。

ニトロなどの火薬、石油や石炭などのエネルギーとしていまも人類は有機物を巡ってその歴史を築いており、人類の未来も有機物によって左右されていくであろう−−−という視点は、いや、本当に斬新だ。

有機物ではないが、ハーバー・ボッシュ法による人工窒素固定などの話題も面白く読ませる。(参照：「大気を変える錬金術」）

「化学」にあまり興味を持てなかった人にも是非お勧めの一冊だ。