正義の喪失　　　　　長谷川三千子　　　　PHP研究所　　　　

安倍首相寄りの人選ではないかと最近話題の新NHK経営委員の一人として就任が決まった著者の肩書は「哲学者」となっているが、以前から自虐史観批判、フェミニズム批判などで知られた論客でもあり、日本思想史などに関しても多彩な論考をあらわしている。

本書は、その著者が2-30年前に雑誌などに発表したかなりテーマもバラバラな論考を集めたものだが、著者の考え方を「手短に一冊読んで概略を知る」上では、そのテーマのバラバラさが却ってよいかもしれない。

テーマの一つはタイトルにもなっている「正義」についてである。「すべての戦争は双方が正義の名の下に行なう」といわれるように、「正義」には絶対的尺度がないことは我々もよく知るところだ。

東京裁判が敗戦国日本の不正義を正義の側である連合国が裁くものだった。広島・長崎の原爆投下や東京をはじめとする空襲というアメリカ軍の不正義、ソ連のシベリア抑留や満州での居留民殺傷は不問に付されるだけではなく「正義」の行為であったかのレトリックが使われ、日本人までもそれを鵜呑みにするという事態まであった。（原爆記念碑には「過ちは二度とくり返しません」とかかれ、原爆の悲劇の責任は、日本人にあるのだと、日本人自身が思い込むに至った）

著者の反自虐史観の考え方は、このような自虐的な歴史解釈そのものを批判するといった表面的なことではない。著者が言っているのはそれこそ敗戦によって我々が失ったのは「正義」という名前を与えられた「我々の知性と意思」だということである。

その意味では例えば、今再び韓国や中国から言われる「敗戦国日本が何をいうか！」的な非難に対して「やはり我々も、反省すべきは反省すべきではないか」という態度は知性の喪失を意味するということになる。著者に言わせれば「戦争に負けたことと、あなた達の批判や非難は何の関係もないのだ！」ということにもなるのだろう。

著者を保守派といった一くくりで済ませてしまいがちだが、保守だとか自虐派だとかの色分けとは関係なく、「良識派」「知性派」の論客として注目したいと思う。

「正義」に関する論考の「文明論」などの論考も中々ユニークだ。

30年近く前の論考なのだが、いずれも今読んでも古さを全く感じないのは、多分、著者の考え方がその当時から他に影響されず、又、時代によってブレない筋の通ったものであったからだと思う。

(05年3月発行)