遣唐使阿倍仲麻呂の夢　　　上野誠　　　　　　角川学芸出版　

今から1300年前に遠く唐の国へ行くということは、現代で言えば月世界に行くようなものだったのではないだろうか。

阿倍仲麻呂は、そんな時代に遣唐使の一員として唐に赴き、かの地であの超難関といわれる科挙に合格、時の玄宗皇帝の重臣として仕え、当時の王宮詩人である杜甫や王維などとの親交を深めたというのだから、それこそ月世界に行くだけでなく、かの国の超一流文化人にまでなったようなもので、その才能は驚くべきものだったということになるのではないだろうか。

しかし、さすがに異郷の地、唐に長年暮した仲麻呂の望郷の念は強く、再三の皇帝への帰国嘆願によって、一度は皇帝の許可を得て帰国の途につくが、舟が遭難、現在のベトナムに流され、苦闘の末に長安に戻るも、それ以降は皇帝から帰国をゆるされず、安史の乱に巻き込まれるなどもあって遂にかの地で没した。

日本からの学徒でありながら科挙合格、皇帝の重臣として長く仕えるなどということがあったことからすれば、彼の才能はあらゆる面で天才的だったということなのだろうが、王維や李白などが仲麻呂と交わした詩文、あるいは仲麻呂自身の残した詩文が、1300年の時を経て今も人々に広く親しまれているという事実こそ、驚嘆に値する。

本書ではそんな阿倍仲麻呂の事績を追うとともに、帰国の途に付く際に李白や王維が仲麻呂に贈った有名な漢詩の文意が詳しく解説されている。

阿倍仲麻呂といえば有名なのは、「天の原 ふりさけ見れば春日なる　御蓋の山にいでし月かも」の歌であるが、この歌についても詳細な詩文解説がなされるなど、あらためてこの偉大なる人物の生涯と詩歌に対する興味が湧いてくる。